狩人講習:7日目・迷宮攻略 (承)
ユニを蚊帳の外とし、あらゆる確認を終えた黄金の橋。
狂戦士のハクアが前衛、転職士のシェルトと錬金術師のシェイが中衛、精霊術師のハーパーが後衛という以前までの彼女たちとは全く異なる──シェルトだけは特に変わってないが──陣形で、おそるおそる扉を開いた4人の視界には。
「──話には聞いてたっすけど、思ってた以上に……」
「遺跡、ですね……それも、随分と入り組んだ……」
迷宮、そして遺跡──どちらの表現も正しいとしか言えない均等に切り出されたように見える石造りの床や壁、それらから伸びた階段が四方八方、様々な位置で口を開ける通路に続いているという、まさしく大迷宮と呼ぶに相応しい光景が広がっており。
「正確には〝陵墓〟ですわね。 もう少し進んだ先に、とても平民の為に造られたとは思えない絢爛で堅牢な石櫃や骨壺がずらりと並べられていましたもの──……ただ……」
「「ただ?」」
ハーパーの談によると、どこぞの国──というより、どこぞの世界の貴き身分の者たちの末期の為に用意されたとしか思えない葬儀用の道具が並べられた場所があった事からも陵墓と見て間違いないらしいが。
「〝アレ〟の事ね? ハーパー」
「えぇ、どうにも気がかりで」
「アレって何すか?」
それはそれとして、〝アレ〟と称した何かがシェルト共々気になって仕方ない様子の2人を見て、『?』を頭上に浮かべたハクアがその真意を問い質そうとしたところ。
「迷宮を彷徨う者に見つからないよう技能を駆使して進んだ更に奥、妙に開けた空間に1つの〝石像〟が鎮座してたの」
「それは、どのような……?」
どうやら2人が言う〝アレ〟とは迷宮内の開けた場所に泰然と鎮座する、何かを模った〝石像〟の事だったようで。
当然ながら人間の手で造られたものではない為、そこに意味があるのかと言われると微妙だし、そもそも意味を探す事こそがナンセンスだと言ってしまえばそれまでなのだが。
そう意味深な感じでボカされてしまうと、それはそれで気になってしまうというのもまた人の常であり、シェイの問いに便乗する形でハクアまでもがシェルトたちの二の句を待っていると。
「……竜化していない、3つ首の犬の石像よ」
「3つ首の……」
「犬、ですか……?」
シェルトの口からこぼれたのは、〝竜化病〟という極めて特殊な病状が常識と化しているこの世界でも不可思議な、1つの身体から3つの首を生やした巨大な犬を模った石像の存在。
見た事もなければ想像もつかない、そんな怪物をハクアとシェイが脳内でどうにかこうにか創り上げようとする中。
『──〝ケルベロス〟の事でしょうね。 冥界の門、〝タルタロス〟をたった1匹で守護する3つ首の番犬です』
「そんなの居たかな、見た事ないんだけど」
最終日となる今日、ユニの従者担当であった熾天使のフュリエルは、その3つ首の犬とやらに聞き覚えと見覚えがあり過ぎたらしく、〝ケルベロス〟という種であると名前まで伝え聞かされたまではいいものの、どうやらユニは聞き覚えも見覚えもない様子。
……しかし、そもそもケルベロスは冥界の門の番犬。
どこまでいっても人間でしかないユニが聞き覚えも見覚えもないというのは、至極当たり前である気もするのだが。
『……おそらくですが、ユニ様はタルタロスを通る事なく直接〝冥界の支配者〟に謁見なされたのではありませんか?』
「あー……そっか、道理で」
当のフュリエルは特に驚く事も疑問を抱く事もなく、ユニが人間の身でありながら冥界への侵入が可能である事を、そして冥界に棲む存在の全てが敬い跪く支配者相手に面倒なやりとりの全てを取っ払って会う事が可能である事を前提とするのなら、ケルベロスを知らぬのも不思議な事ではない筈だと推測し。
「冥界と縁でもあるのかな、この迷宮。 嚮導役の身じゃなきゃ隅々まで探索した上で早急に攻略するんだけど……」
『そうされては? あの4匹には荷が勝ちすぎるかと』
「んー、それはそうなんだけどねぇ」
その推測には覚えがあったらしいユニが『なるほど』と頷きつつ、この迷宮は冥界と繋がる何らかの〝可能性〟を秘めているのかもしれないと思索を巡らせるやいなや、じわじわと湧き出しかけていた興味を悟ってか、そもそも黄金の橋の前途に微塵の興味もないフュリエルが無表情でそう吐き捨てる一方。
それもありかもしれない──と、そう考えてしまうくらいには知的好奇心を抑えきれなくなっていた事を自覚していたユニは、はぁと浅めの溜息をこぼしてから一呼吸置き。
「ま、いいや。 それよりフュリエル、気づいてる?」
『はい。 突入時から追随しておりますね、3匹ほど』
「アレの対処は任せてるからいいとして──」
閑話休題とばかりにガラリと話題を変え、ハーパーたち3人には伝達済みの〝何某か〟に気づいているかと問うたところ、やはりフュリエルも3人ほどが尾行してきている事には気づいていたようで。
ともすれば、この手で──と白炎を顕現させていたフュリエルを、4人に全て任せてるから何もしないでとユニが抑えていたその時、探索中の黄金の橋を一瞬で何かが取り囲む。
『『『BOW、WOW!! GROOOOWLッ!!』』』
「ッ!! 迷宮を彷徨う者っす!!」
「この足音……! 四方八方から来ますわよ!」
「10、20……まだ増えます……!」
「焦らないで! 6日間の成果を発揮する時よ!」
「「「はいッ!」」」
それは言うまでもなく迷宮個体の万犬竜の群れであり、おそらく入口付近に現出したからこそ迷宮から溢れ出したと見られる昨日の個体より奥に現出しているからか、平均Lvが高めの群れを前に誰1人として怯える事なく臨戦態勢に移行する中。
「──やっぱり、〝星詠み〟に従って正解だったよ」
(星詠み……?)
ユニはただ、静かに微笑みながら何かを呟いていた。
フュリエルでさえピンと来ない、何かを──。