深い霧の中から
それから約2分、虹の橋の戦いは更に苛烈を極めていき。
「──い"っ!? たぁっ!!」
「っ、ハヤテ──」
もう目新しい力はなさそうだと判断したのか、これまで防ぎ、躱 し、受け流す事に専念していたユニが、とうとう分身だけでなくハヤテ本体を驚異的な動体視力で見極めつつダメージを与え。
「──迂闊だよ、クロマ」
「っ!? うあっ!」
決して浅くない負傷を見て僅かにとはいえ焦ってしまい、攻撃の手を緩めて回復させようとしたクロマの隙を見逃すわけもなく、威力こそ落ちるが超高速の弾丸を放つ技能、【銃操術:速射】にてユニの銃撃がクロマの右肩を貫いた。
だが、ハヤテもクロマもAランク。
この程度の負傷で怯む事はない。
「ありがと! でも、もうちょっと後ろに居なさい! 一応あたしの分身も何人か護衛につけてあげるけどさ!」
「う、うん……!」
ほんの1、2秒ほどで怪我を治した2人は再び各々に与えられた役割を全うすべく戦線に復帰したものの、やはり戦況は芳しくない。
(やはり強いな、ユニ……3対1という数的有利と鏡試合による縛りも加われば或いはとも思っていたが──……あれを、やるしかないか)
それを誰より理解していたトリスは、ユニが被っている──というより自分たちが被らせた理不尽を突きつけている事実に改めて自嘲しつつも、『あれ』という何らかの策を遂行するべく動き出す。
ユニが不在の時、3人で連携する為に練っていた策を。
「クロマ! 私への状態好化を解き、その分の魔力をあれに回せ!」
「っ! いい、の……!?」
「開始前に言った筈だ! 殺す気でいかなければ勝ち目はないと!」
「わ、解った……!」
その為に、まずはハヤテ以上に意味を殆ど為していないと見受けられるクロマから己への状態好化を解除させ──トリスの素のMNDが高すぎる事が原因のようだ──そこに消費していた分の魔力をこれから講じる策に回せと指示を出し。
トリスの言い分からすると、どうやらその策は『ユニを殺しかねない』ほど危険なものであるらしいが、そこまでやって初めてユニと自分たちは対等なのだと誰より自覚しているトリスからの指示。
従う以外の選択肢は、なかったようだ。
「ハヤテ! お前は──」
「解ってる! でもどうせ一瞬よ!?」
「それでいい! やれ!」
「はいはい、っと──」
そして今度は未だ分身とともに跳ね回っているハヤテ本体に指示を出そうとしたが、すでに彼女はトリスが何をしようとしているかを把握しており。
その為にすべき事は解っているものの、ユニ相手では数秒保てば良い方だと正直に告げはしたが、それでも構わないと指示された事でハヤテは分身に紛れながら印を結ぼうとした。
……そう、結ぼうとしたのだ。
ハヤテのSPDなら、もう結び終わっていてもおかしくない。
だが一瞬、彼女の動きは確かに止まってしまっていた。
何故なら──。
『────?』
「──ッ!?」
ユニは基本的に声を張ったり荒げたりしない為、彼女の耳に届きこそしなかったが、その形の良い唇の動きだけでユニが自分に対して告げた『何らかの言葉』を理解してしまったからだ。
(な、何で……ッ、いや関係ない! やるしかないんだから!!)
その言葉はハヤテにとって充分すぎるくらいに衝撃的だったものの、だからといって他の2人はもう『あれ』に向けて動き始めているのだし、ハヤテの憂慮1つで流れを止めるわけにはいかない。
ゆえに、ハヤテは改めて完成途中だった印を結び終えて。
「かぁッ!!」
敢えて技能や忍術の名は言わず、口から白い何かを吐いた。
それは、もやもやとした白く球状の──……〝霧〟。
ほんの一瞬、球の形をしていたそれは即座に全方位へ広がり。
「な、何だ!? 結界の中が真っ白になっちまったぞ!?」
「【水遁:白昼霧】か」
「太陽が高く昇っていればいるほど濃くなる霧の忍術。 ちょうど正午が活きる時間帯だったって事ね。 これなら──」
「──なるほど! ユニさんの視界も潰れて……!」
「動体視力も意味を為さないってわけっすね!」
結界の中が瞬時にホワイトアウトするほどの濃霧が発生し、それを【水遁】の1つだと見抜いた碧の杜の解説により、商人や盗賊を始めとした白の羽衣にも3人の狙いが理解でき、せっかく得心がいっていたというのに。
「そう上手くいきゃあ良いけどな」
「……どういう事です?」
「あのユニが、あんな一瞬とはいえハヤテ本体の印の結びを見逃してたとは……とてもじゃねぇが思えねぇ。 多分、対策済みなんだろうぜ」
「っ、まさか──」
水を差したのは当のリューゲルであり、『あのユニが』ととにかくユニを持ち上げつつ、先に挙げた強みの事も鑑みれば何の対策もしていないとは思えないと得意げに語り、それを聞いた戦士が未だ視界の晴れぬ結界の中から響く苦無や手裏剣が飛び交う音を耳にしつつ視線を向ける一方。
(間違いない……! あいつ、本体を見て言ってた……!)
ハヤテは、ユニの口パクの内容に未だ憂慮していた。
何せ、ユニは常に音を超える速度で動き続けている30体の分身に紛れていた筈の本体である自分だけを見つめ、こう言ったのだ。
『め く ら ま し ?』
……こてん、と首をかしげて言ったのだ。
これは、ユニが居ない時に3人で練った連携攻撃。
絶対、知らない筈なのに。
最初から、見抜かれていた──。
(だからもう、あんた次第よトリス! 援護はするし、あれに向けて魔力を束ね始めてるクロマも護るけど! しくじんないでよね……!)
だからこそ、この第1段階の要であるトリスに臨機応変な対応を期待するしかなく、もちろんその為にもそれ以外は自分がカバーするからと覚悟を決める中。
全てを看破していたユニが、動き出したのだが──。
「【忍法術:五行】、【風遁:真空環】」
「霧が晴れて──……なッ!?」
武闘家が驚いていたのはユニが真空かつ円状の複数の風の刃で霧を晴らしたからではない。
たった数秒で完全に霧を晴らしたユニの懐とまで呼べるほどの超至近距離に──。
「トリスの奴、いつの間に……ッ!?」
指示出しの為に距離を取っていたトリスが、いつの間にか盾を構えて接近していたからだ。
「聖騎士にあれほどのSPDはない筈なのに……!」
商人の言う通り、あらゆる職業の中で聖騎士は最も鈍重であり。
たとえ【盾操術:防撃】を発動させたとしても、あの一瞬であの近いとは言えない距離を詰められるほどの速度は出せない筈だというのに。
だが、そんな疑問を当のユニはとっくに解決していたようで。
「【銃操術:全弾】を後方に撃って加速か、考えたね」
「……お前と長く居たお陰で、思考が柔軟になったようだ」
装填している弾丸全てを、1つの大きな魔力の砲弾として撃ち出す銃の技能を敢えて後方に撃ち出し、加速装置としたのだと見抜いたうえでのユニからの素直な称賛に、トリスはユニとの十数年をこの一瞬で振り返りつつ苦笑いを浮かべる。
ちなみに砲撃の音が大きく響かなかったのは、正確に言うと響いていなかったわけではなく、ハヤテと分身たちが霧の中で苦無と手裏剣を強めに投擲してアイギスに弾かせ、わざと大きめの金属音を結界の中で反響させていた事が原因だったらしい。
「【無色の糸】解除! 逃げ場も潰した! やっちゃえトリス!」
「【護聖術:白──」
そんな中、ハヤテはユニの近くの【蜘蛛の巣糸】だけ【無色の糸】を解除し、ハヤテ以外が触れると『粘度の高い糸』となるそれにユニの身体を一瞬とはいえ絡め取り。
時間にしてみれば1秒にも満たない隙しかできぬとはいえ、それでも隙である事に変わりはなく、トリスはハヤテの声を受けるまでもないとばかりに聖騎士唯一の攻撃系技能を発動させるべく両盾を強く輝かせたものの。
「──ッ、アイギス……!!」
そんなトリスとユニの間に、アイギスの1つが現れた。
「う、嘘だろ!? ハヤテの分身を止めてたんじゃ……!」
「……1つだけ、近くに置いていたようですね」
「接近してくる事も読んでいたのか……っ」
8つのアイギスは間違いなく今もハヤテの分身たちの相手をしていた筈だが、どうやらユニは持ち前の並列思考能力であらゆる可能性を考慮して、アイギスを1つだけ傍に残しておいたらしい。
誰の失態とも言い切れないが、強いて言えばハヤテだろうか。
連携攻撃の最終的な要となるクロマの護衛として、4人もの分身を割いてしまったが為に、アイギスを残しておくという選択を許してしまったのだから。
……まぁ、別に30体をフルに相手取っていたとしても余裕はあっただろうが。
「【杖操術:吸魔】」
「ぐ、お……っ!」
そしてユニは割り込ませたアイギスを杖に形態変化させ、盾に形態変化していたイージスを触媒として発動せんとしていた技能の魔力を奪い去るだけでは飽き足らず、その勢いのまま押し込んでトリスを180°反転させる。
……背中が、ガラ空きだ。
「惜しかったね、あと1秒早ければ──」
隙だらけとなったトリスの背に向けて、さも『これが最後のやりとりだ』とばかりの寂寥感を思わせる声音と、その声音とは裏腹に破壊的な意思を込めた猛毒を帯びる爪の技能、【爪操術:侵蝕】にてとどめを刺すべく爪と化したアイギスを。
振るわんとした、その瞬間──。
「──……【槍操術:螺旋】」
「!? 鎧の背から槍が!?」
どういう絡繰か後ろを向いたままのトリスの全身鎧の背中から。
高速で横回転する槍で刺し貫く技能、【槍操術:螺旋】を纏った純白の長槍が飛び出し、ユニの端正な顔を狙って伸びていく。
……ここで少し、前提を覆させていただこう。
トリスが装備するイージスは、〝盾型の迷宮宝具〟──。
──……では、ない。
イージスにおける盾とは、槍や銃と同じ形態の1つに過ぎない。
イージスの本来の姿は──〝鎧型の迷宮宝具〟。
より正確に言えば、〝全身鎧型の迷宮宝具〟なのだ。
ゆえに、その気になれば腕甲だろうが脚甲だろうが兜だろうが胸当だろうが、鎧のどこからでも盾、槍、銃の3種を展開できる。
無論、今回のように背中からでも。
第1段階では、最初からこれが狙いだったのだ。
どうせ、初撃は対応されると解り切っていたから。
そんな中、ユニは──。
「……味な真似を──」
──……静かに、微笑んでいた。
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