狩人講習:6.5日目・現状報告 (下)
「貴女たちのもとにユニ様が? けれど、あの方は……」
ユニが2人を訪れた、それ自体は何らおかしくはない。
一応、嚮導役の身なのだから。
しかし、この場合に限ってはあまりに奇妙だった。
「解ってるっす。 自分らのとこに来た時、ユニさんはハーパーさんやお嬢と一緒に実地調査に出向いてたんすよね?」
「その通りですわ。 だから──」
何しろハクアの言う通り、2人を訪ねていたのと同時刻にユニは、ハーパーたちが行う実地調査の監督を務めており。
ユニが2ヶ所へ同時に出現した事になってしまうから。
だが、ハーパーは即座に己の疑問を己で解消する。
「──……まさか、【忍法術:同形】?」
「はい、そう仰られてました」
「一体どれだけの距離があると思って……」
忍者の技能で己を2人、増やしていたのだろうと。
とはいえ通常、【忍法術:同形】は顕現させた分身と離れ過ぎると形を保てなくなり、Lvや適性によって差異こそあれど4〜5kmも離れれば煙のように掻き消えてしまう。
しかし今回、ユニはドラグハートの南端に位置する森から中心地となる王都まで、およそ200km以上も離れた場所に居ながらにして分身を維持していたというのだから末恐ろしい。
「……まぁ、いいですわ。 それより、ユニ様は何と?」
尤も、そんな文字通りの〝離れ業〟を成し遂げてしまうからこその【最強の最弱職】ではないのかと自問した事で疑念は解消できた為、何はともあれユニが2人のもとを訪ねた理由を聞かぬ事にはと判断したハーパーからの問いに。
「……お嬢の、延いては黄金の橋の前途についての話を」
「それと──……明日、起こり得る全てについてを……」
「……?」
2人はまたも顔を見合わせた後、今度はすぐにユニから告げられた話の内容を、それぞれが1つずつ挙げてみせた。
が、しかし……何ともまぁ要領を得ない。
何一つ具体的な事を、2人ともが口にしていないからだ。
「ユニさんは、こう言ってたっす。 『明日、君たち3人は岐路に立つ事になる。 こちらが用意する選択肢は、3つ。 どれを選んでも絶対に損はさせない。 君たちには、ね』と」
「……意味深ですわね。 それに、その言い方だと……」
「えぇ、お嬢だけは損を被るのかもしれない」
そんなハーパーの疑念を知ってか知らずか、まずはハクアがユニから告げられた1つ目の話をそっくりそのまま伝えるとともに、その話に秘められた『君たちという括りの中にシェルトは入っていない』という真意に気づいたハーパーの呟きに、ハクアは然りと首肯する。
流石にその場でユニに問う勇気はなかったようだが、ハクアもまたシェルトだけが自分たち3人とは別の岐路に立つのかもしれないという事自体は薄々察していたらしい。
ユニが口にした〝3つの選択肢〟とやらは今の段階ではまだ明かさず、それをユニから提示された時に初めて思考と決断を許されるのだろうという事までも。
……閑話休題。
「……もう間もなく戻って来られますわ。 シェイ、手短に教えなさいな。 明日、起こり得る全てとやらについて」
「は、はい……ッ」
話し始めてから約2分、どれだけ長くともそろそろ戻って来るのは自明であるが、シェイが言っていたもう1つの話を聞かないわけにはいかぬ為、直截簡明に話せと命じられたシェイは一呼吸置いてから。
「ハーパー様も、お気づきでしょうが……ここ数日、姿を隠してボクたちを監視している存在が居ますよね?」
「えぇ、ユニ様は何もしなくていいと仰ったけれど……」
「ユニ様曰く、『アレはソロじゃなく、パーティー単位で私たちを付け狙っている。 本当ならすぐにでも排除すべきだけど、せっかくだから利用する。 君たちへの課題は、〝迷宮攻略〟と〝不審な動きをする者たちの拿捕〟の2つだ』と」
「……」
紡ぐ言葉はたどたどしく、そもそも寡黙がちである彼女としては珍しく頑張りを感じられる早口で以て、やはりユニから告げられた話をそっくりそのまま伝えるとともに、ハーパーも気づいていた〝何者か〟の対処をも黄金の橋に一任するらしい事を知る。
まぁ、ハーパーと話していた時にも『講習の一環として利用する』とは言っていたし、これについての驚きはない。
……しかし、〝全て〟というには物足りない。
だが、その全貌を問う時間もない。
だからこそ、ハーパーは賭けに出る。
(シェイ! まだあるのでしょう!? 話していない事が!)
(!? は、はいッ、ユニ様は最後に──)
風の精霊を通しての、密談。
普通ならバレる事はないが、シェルトは転職士。
もしも何かを察知して精霊術師になっていたとしたら、この会話は密談でも何でもない単なる対話へと成り下がり、言うまでもなくシェルトにも詳細を明かさねばならなくなっていた筈。
「──ただいま、何の話をしてたの?」
「携行品の最終確認を。 ね? 2人とも」
「そ、そうっすね」
「は、はいッ」
「そう? 私もやろうかしら」
「「……」」
しかしながら、どうやらそれはハーパーの杞憂に過ぎなかったようで、ともすれば棒読みに近かったハクアたちの返事にも違和感を抱いていない様子のシェルトを見て、ハクアとシェイが安堵の息をつく中。
『どこかのタイミングで、君たち3人とシェルトとを分断する。 その時に選択肢を提示するから、覚悟しておいてね』
(──……一体、何の為に……?)
ハーパーだけは、シェイから聞いたユニの去り際の一言に隠された真意が全く掴めず、独り困惑していたのだった。