狩人講習:6.5日目・現状報告 (上)
6日目の講習に強制参加だった2人による迷宮内部の探索終了後、協会への報告も完了した事で早めの解散となり。
協会を集合場所として今日のみ自由参加だった残る2人も神妙な顔つきで合流し、それぞれの収穫や成果を話し合うとともに、最終日となる7日目に向けて鉢巻を締め直す一方。
ユニの姿は、そこにはなかった。
「急な呼び立て申し訳ありません、【最強の最弱職】」
「構わないよ、もう今日の分は終わってたしね」
「それは何より、ではお越しいただいた理由について──」
それもその筈、ユニは単身セリオスからの呼び出しを受けて協会総帥室を訪れており、多忙ゆえか目の下にくっきりと隈を作った協会総帥とは対照的に、ここ1週間の激動を全く引きずっていない様子のユニへ、セリオスは何やら話したい事があるようだが。
「あの4人の現状報告、だろう? もう明日が狩人講習最後の日だし、そろそろだとは思ってたから特に驚きはないよ」
「そう、でしたか……では、お願いできますか?」
「んー、そうだなぁ……」
今日で6日目、明日で7日目。
つまり黄金の橋の狩人講習も佳境であり、それを考えれば己を介して4人の現状を把握する事以外に用はないだろうと踏んだユニの推測は当たっていたらしく、『解っているなら話は早い』と言わんばかりに先を促してきたセリオスに。
『何をどこから話すべきか』、と少しだけ唸ったユニは。
「シェルト以外の3人が転職したのは知ってる?」
「えぇ、初日に敢行したそうですね」
黄金の橋がセリオスに直接その事を報告しているかどうかは知らないが、ひとまずハーパーたち3人が職業を変更したという事実そのものを把握しているかと問い。
「私は英断だったと思ってるけど、どうかな」
「どう、とは?」
受付嬢から聞いたのか、それとも書類か何かを確認したのかまでは定かでなくとも、とにかく転職が正しかったかどうかを確認する事が目的であるかのような曖昧極まる質問に、セリオスは一瞬その意図を掴み切れず怪訝な表情を浮かべたものの。
その表情は次の言葉で、すぐに色を変える事となる。
困惑でも、驚愕でも、ましてや恐怖でもない──。
「君も最初からそう思ってたんじゃないのって話だよ」
「……」
言い逃れなどできようもないという、〝諦め〟の色に。
つまり、セリオスもまた確信していたのだ。
6日前までの職業では、あの3人は大成できないと。
「……仰る通りです。 彼女たちはリーダーの間違った憧れに引っ張られて職業選択を誤り、〝向いてもいない職業〟に就いてしまった。 まぁ、職業選択の誤りまでなら大した問題ではなかったのですが……よりにもよって、あの3人は──」
加えて、セリオスはユニがあの3人と出会ってすぐに悟った間違いにも気づいており、それならそれで竜狩人協会を代表して職業選択を訂正してやればよかったという事自体は彼自身も解っているようだったが。
ここで、セリオスも予期していなかった事態が起きた。
「──〝向いてもいない職業〟に適応できてしまった」
「……えぇ、その通りです」
ハクアも、シェイも、そしてハーパーも。
選ぶ職業さえ間違っていなければ、いずれ最後の希望にまで到達し得るほどの優秀さを誇っていた事が災いし、あろう事か適当でない職業に就いてなお一定以上の実力を発揮し、一定以上の成果を打ち立てたのだ。
……打ち立てて、しまったのだ。
なまじ優秀であったがばかりに。
そんな事、誰も望んではいなかったというのに。
本人たち以外は。
「狂戦士、錬金術師、精霊術師。 正しく〝英断〟かと。 本来こちらから忠告せねばならなかった事を貴女に押し付けてしまう形となった事、改めてお詫び申し上げたく……」
「いいよ別に、それなりに面白かったしね」
ゆえにこそ先ほどのユニからの質問に対して『是』と返したセリオスは、ついでと言うにはあまりに深く頭を下げて厄介事を背負わせてしまった事を謝罪し、それを受けたユニは全く気にしてなさそうな笑顔を浮かべてあっさり許しつつ。
そのままの流れで本題である現状報告を開始した。
★☆★☆★
1人目、狂戦士へと転職した元忍者──ハクア。
元々【超筋肉体言語】に似た体質の持ち主なのだが、あくまで似ているというだけで実質的には彼の下位互換に相当するものの、それでも6日前まで忍者として活動できていたのは彼女の体質が【超筋肉体言語】と【極彩色の神風】を足して2で割ったような良いとこ取りの性質を持っていた為。
とはいえ、どちらかと言えば【超筋肉体言語】寄りである事に違いはなく、〝受け止める〟より〝受け流す〟事に長けた肉体をしていると伝えてからは【|狂鬼の戦乙女】ともまた違う全く新しい形の狂戦士としての戦法を確立させている。
2人目、錬金術師へと転職した元賢者──シェイ。
転職以前から視野の広さは目を見張るものがあったが、こと【妖魔弾の射手】との接触及び交戦以降は更に広い視野を獲得、生来の勤勉さによる豊富な知識と錬金術師は非常に好相性、今現在の黄金の橋の中核を担う存在となっている。
他のメンバーに対して遠慮がちなのが玉に瑕。
3人目、精霊術師へと転職した元聖騎士──ハーパー。
うっすらとはいえ職業に関係なく生まれついて精霊が視えており、〝精霊術師への適性〟だけならユニをも凌駕する。
また、〝恐怖〟と〝畏敬〟で以て精霊を縛りつけるユニとは対照的に、ハーパーは〝信頼〟と〝謝意〟で以て精霊を味方につけている為かユニが操る場合よりも〝持久力〟や〝効率〟に優れる上、彼女が信を置く者たちも必然的に精霊たちにとっては味方という事になり、ハーパーが居るだけで全員が常に厚い精霊の加護を受けられるという事になる。
加えて生来の才能ありきで無理やり活動を成立させていた聖騎士としての経験が活き、精霊術師としては非常に珍しく近接戦闘の実力も高いときており、弱点らしい弱点はない。
★☆★☆★
と、ここまでが3人の現状報告だった訳だが──。
「──さて、ここで話を終わらせてもいいんだけど……」
「……そういう訳には参りません。 私にとっても──」
ここで終われば『受講者と嚮導役、両者にとって実りある狩人講習でしたね。 いやぁ良かった良かった』で綺麗に締められるのに、そうもいかないのは今回の講習に関わるほぼ全ての人間にとって事実なのが残念でならない。
セリオスにとしても、ユニとしても──……そして。
「──オートマタ家のご息女にとっても」
……愚かで哀れな完全下位互換にしても。