狩人講習:6日目・実地調査 (結)
2人の間に、シェルト限定の気まずい空気が流れる中。
「さぁ、ぼやぼやしてる暇はないよ。 さっさと入口を見つけて〝扉〟を設置しないと、お代わりが来てしまうからね」
「「は、はいッ!」」
わざとらしく手を叩いて意識の切り替えと迅速な行動を促してきたユニに、2人はハッとしつつも先ほどまでの探索作業に入る前に、ひとまず万犬竜たちの死骸の処理に移行する。
合わせて15匹の迷宮を彷徨う者は、どいつもこいつも嫌になるほど巨躯であり、その死骸の処理となると討伐以上に時間がかかってしまう事が容易に想像できた為。
本来なら解体して皮や鱗などを装備の素材としたり売却したりするのだが、そういった作業は今回のみ諦め、サラマンダの炎で清めた後にノームの力で土葬するに留まった。
そしてユニの催促に従い、探索を続けること1時間弱。
「──……あッ! シェルト様! こちらに!」
「見つけたの!?」
「えぇ、シルフが囁いておりまして……!」
気まぐれな風の精霊が流した噂を耳にしたハーパーが藁にも縋る思いで奥へ奥へと進んだところ、ついに迷宮の入口らしき洞穴を発見したらしく、シェルトを招く声にも〝疲弊〟と〝歓喜〟という相反していても不思議ではないような2つの感情が入り混じって聞こえるものの、それはさておき。
「これが、〝扉〟を設置する前の迷宮の入口……」
「……あまり大きくはありませんわね」
「ここから、あの数とあの大きさの群れが……?」
ハーパーの呟き通り、その入口はあれだけの巨躯を誇っていた万犬竜の群れが通過してきたにしては小さく、シェルトとともに本来の目的を差し置いて考察しかけてしまうのも無理はなかったようだが。
小さいと言ってもシェルトたちが手を伸ばしても届かないくらいには天井も高く、そもそも比較対象が〝在学中に挑んだ国の管理下にある巨大かつ危険度の低い迷宮〟であった為、『あまり大きくない』というのは言い得て妙だった。
「……いえ、とにかく今は〝扉〟の設置が優先よね」
「ですわね。 ノームに作ってもらいましょうか?」
「大丈夫、私が錬成するから。 ハーパーは索敵を」
「かしこまりましたわ──」
その事に気づいたからか、そうでないかはともかく本来の目的である〝扉〟の設置と内部の簡単な探索を速やかに遂行すべく、それぞれがそれぞれに適した行動に移っていった。
……その、数秒後。
「──……えっ?」
ハーパーが迷宮の入口付近から少し離れた事が幸いしたのかどうかは定かでないが、ふわりと何かが彼女の耳を擽る。
(『何かが、こっちを見てるよ』……? 何を、言って──)
それは他でもない、風の精霊シルフの囁きであり。
くすくす、と悪戯っ子のように喉を鳴らして笑いながら宙を舞いつつ指差した先にハーパーが視線をやろうとした時。
「──何もしなくていいよ、ハーパー」
「ッ、ユニ様……!? ですが……ッ」
突然、精霊たちが何かに畏怖するかのように姿を消したのも束の間、精霊たちに囁かれて初めて〝何か〟の存在に気がついたハーパーよりも遥かに早く確実に気がついていたらしいユニからの忠告めいた言葉に反論しかけたものの。
ここで、ハーパーは『まさか』と何かを思い立ち。
「……もしかして、アレも【妖魔弾の射手】のような……」
こちらから見られていると解っていながらにして、こちらを覗くのをやめようとしない〝アレ〟は、【妖魔弾の射手】同様ユニが講習の一環として差し向けた〝刺客〟なのではと結構な飛躍の邪推を論じようとしたのだろうが。
「いいや、アレは私の差し金じゃあない。 けど、せっかくだから講習の一環として利用する。 だから、何もしないで」
「……了解いたしました。 ですが、せめて事前に──」
差し金でも刺客でもない、されど差し金か刺客のように利用するつもりでいると何の気なしに断言してきたユニへ反論する余地も度胸も覚悟もないとは自覚していても、ほんの一部でもいいから事前説明の1つくらいは欲しかったという精一杯の主張をぶつけようとした彼女の言葉を遮ったのは。
「──〝扉〟、錬成できたわよ! 設置するから手伝って!」
「え、あ……」
「行ってらっしゃい」
「は、はい! すぐに参りますわ!」
随分と急かすような声音と早口な口調で以て明らかに自分を呼んでいるシェルトの声であり、出鼻を挫かれたハーパーは思わず言葉に詰まってしまうも、どちらを優先すべきかなどは考えるまでもなく、ユニに促されたのをダメ押しとしてリーダーの方へと駆け出していった。
(今度は、ハーパーに……どうして、私には何も……ッ)