狩人講習:6日目・実地調査 (転)
戦闘開始から、およそ5分が経過した頃──。
『『『BOW、WOWッ!!』』』
「シェルト様、残るは3匹! 油断なさらず確実に!」
「えぇ! いくわよ、〝フラガラッハ〟! 【標的捕捉】!」
いくら迷宮個体とはいえ、やたらと統率が取れているとはいえ、そこまでLvも高くなく種そのものの危険度も高いとは言えない万犬竜程度ならば、たとえ群れ相手でも大して苦戦する事なく、すでに残り3匹という最終局面。
シェルトは、オートマタ家が代々受け継ぐ絢爛な剣型でAランクの迷宮宝具を鞘から引き抜くとともに、刀身と柄の間にある水晶越しに3匹の姿をフラガラッハ自身に捉えさせ。
「【増強術:攻勢】、【武神術:捨身】──」
ATKとINTを強化する技能、DEFの数値をATKに回す技能を発動し、この一瞬で可能な限り強くなった後。
「──【剣操術:竜殺】ッ!!」
『YELPッ!?』
『BO──O、W……ッ!?』
対竜化生物特効となる技能を帯びた剣を振るうのではなく投擲し、その予想外の攻撃に反応しきれなかった1匹が命を落とすまでは解るが、どういう訳かフラガラッハは1匹目の身体を真っ二つにした後、通常の投擲武器でさえありえない軌道で宙を舞い、2匹目の首を刎ねてみせたのだ。
フラガラッハの能力は、〝捕捉〟と〝飛去来器〟。
ひとたび標的として捕捉した生物を仕留めるまで、その勢いを決して衰えさせる事なく飛来し続け、仕留め終えれば即座に所有者の手元へと戻ってくるという便利な迷宮宝具。
……剣である必要は? などと問うてはいけない。
それが迷宮宝具という代物なのだから。
「よしッ! あと1匹──」
その性質を前の所有者である母、内務大臣から口を酸っぱくして教えられていたシェルトは、フラガラッハが指示に従い機能してくれた事を喜びつつ残る1匹に狙いを定めた時。
『GROWL──……BOOOOWッ!!』
「なッ!? 息吹を地面に!?」
「まさか、目眩し──」
最後の1匹が充填していた息吹を足元へと放出、全方位への土煙を展開してシェルトたちの、そして何よりフラガラッハの視界を完全に遮ってみせた事で2人が警戒する中。
「ッ! ノーム、防壁を!」
キラッと一瞬だけ土煙の向こうで光が瞬いたかと思った次の瞬間、自分に向けて放たれた息吹を視認したハーパーが土の精霊の力を借りて地面を隆起、息吹を防いだのも束の間。
「!? シェルト様、危な──」
ハーパーは、その一撃の真意を即座に悟る。
土煙の向こうでも自慢の嗅覚でハッキリ解る〝強い方〟の気を息吹で逸らし、〝弱い方〟を確実に仕留める為に万犬竜が企てた〝囮の息吹〟でしかなかったのだと。
当然、護衛としての責務を果たさねばとハーパーは警告の言葉を叫びながら精霊たちをフル稼働させんとしたのだが。
「その執念は認めるけれど──」
その真意を悟っていたのは、シェルトも同じ。
『WOッ!? BA、AARK……ッ』
「一手、遅かったわね」
本命の一撃として音もなく土煙を掻き分けて現れ、その鋭い牙を剥き出した最後の1匹の心臓を、どこからか飛来したフラガラッハが真上から貫いた事で戦いは終わりを告げた。
フラガラッハの能力、〝捕捉〟は何もフラガラッハ自身が標的として定めた相手を狙い続けるものではなく、もう少し正確に言えばフラガラッハ自身とその所有者が水晶越しに標的として定めた相手を狙い続けるというものであり。
先の土煙で万犬竜を見失っていたのはシェルトもフラガラッハも同様ではあるが、シェルトが一足先に土煙の中から現れた標的を視認できた事で、フラガラッハも飛去来器としての機能を取り戻す事ができた──という訳だ。
「お見事ですわ、シェルト様!」
「え、えぇ……ありがとう」
講習前の彼女には不可能な芸当である、という事を学園在学中から護衛として傍で見てきたからこそ解っていたハーパーが、シェルトへ心からの賛辞を送る一方。
……シェルトは正直、素直には喜べなかった。
シェルトが技能の限りを尽くして5匹を仕留める間に。
今は地上の精霊しか操れない身であるというのに、ハーパーは10匹もの迷宮を彷徨う者を仕留めてみせたのだから。