狩人講習:6日目・実地調査 (承)
適度に休息を挟みつつの探索を続け、およそ3時間後。
手がかりらしい手がかりも見つからないせいで、『もしかしたらユニに失望されるかも』と思い込んだシェルトは。
「──あ、あの……ッ、つかぬ事を伺いますが……」
「ん?」
気分転換も兼ねて別の話題を振ろうと試みる。
……まぁ、ユニは最初から他3人はともかくシェルトに対して期待などしていない為、失望も何もないのだが。
「結局あの時、ユニ様は何をされたのですか?」
「……あー……」
「あっ、こ、答えにくい事であれば別に……ッ」
それはそれとして、おそるおそるシェルトから投げかけられた〝あの時〟──言うまでもなく、【槌操術:堕天】を完全に無力化してみせた〝死神の力〟についての疑問に対し。
ユニが言い渋るような仕草を見せた事で、『やってしまった』とばかりにシェルトは途端にあたふたし始めてしまう。
無理もないだろう、気分転換を兼ねているのに空気の読めない質問で気分を害してしまっては本末転倒なのだから。
しかし、そんなシェルトの憂慮など何処吹く風といった具合にユニは、彼女としては珍しい苦笑いを浮かべつつ。
「そうだね。 詳細までは言えないけど、アレは私の〝切り札〟の1つだよ。 優秀な狩人は竜も首もなく、自分だけの〝必殺技〟を備えてる。 私も例外じゃないってだけの事さ」
「なる、ほど……?」
教えてはいけないのか、それとも教えるつもりがないだけなのかは定かでないが、ユニに比肩し得る優れた狩人たちを引き合いに出し、〝切り札〟だの〝必殺技〟だのとありふれた言葉で納得させんとしてきている事を流石に察せられたシェルトが首を傾げながらも理解した気になろうとする一方。
「私からも1つ、よろしいでしょうか」
「構わないよ」
「【狂鬼の戦乙女】の迷宮宝具は如何されましたの?」
「あぁ、ミョルニルの事?」
ハーパーはハーパーで、どうもミョルニルのその後が気になっていたらしく、あれほどの破壊的な力を秘めた迷宮宝具をまさかあの場に置いてきたわけはあるまいし、という僅かな危機感を込めて投げかけられた問いに対し、ユニは。
「ここにあるよ。 仕方なかったとはいえ、さっき言った切り札で殺しちゃったからね。 もう蘇生自体は済ませたから、もし次クラディスに遭遇する機会があれば返す事にするよ」
「……〝迷宮宝具には意思がある〟、でしたわね」
「そういう事。 私にも従ってはくれるだろうけど、ミョルニルは随分クラディスを気に入ってるみたいだからね」
一切の予備動作もなく【通商術:倉庫】を展開、中から取り出したミョルニルを1度は殺めてしまった事と、その後すぐに【神秘術:蘇生】で1度きりの蘇りを施した事、いずれは本来の持ち主であるクラディスに返却する事を確約した。
実際、蘇生直後からミョルニルはユニに従う意思こそ見せれど、やはりクラディスに装備される事を望んでいるのか若干の反抗の意思も見せており、もちろんユニならば力で従わせ切る事も可能だが、それはミョルニルもクラディスも望むところではないだろうし、というのがユニの結論であった。
……と、ここで一旦シェルトを発端とした気分転換の質疑応答が途切れ、そのまま探索に戻る感じだったというのに。
「あ、あと1つだけ……ッ、ユニ様は、ハクアに何を──」
シェルトには、まだ聞いておきたい事があったようで。
ユニがハクアに〝理想的な肉体の使い方〟を指南しようとしていた時、シェルトは他の2人と一緒に天幕を用意しながらも微かに聞き耳を立てていたらしく、『ハクアだけ特別になんて』という仄かな嫉妬や羨望から来る不要と言えば不要な──リーダーとして内情は把握しておくべきという考え方もできなくはないが──質問をしようとした、その瞬間。
「──っと、お出ましか」
「「えっ?」」
質問を遮る意図はなく、ただ〝何か〟の出現を察知したかのような呟きをこぼしたユニに、シェルトのみならずハーパーまでもが間の抜けた疑問の声を上げたのも束の間、3人を取り囲んでいた雑木林がガサガサと音を立て。
『『『WOOOOOOOOOOOOF……ッ』』』
「なッ!? 〝万犬竜〟!?」
「いつの間に!? 精霊たちは何も……!」
其処彼処から犬を派生元とした竜化生物が次々と姿を現した事で、シェルトとハーパーは即座に戦闘態勢に移行する。
黄金色の毛並みをした個体、白地に黒のブチが特徴的な個体、胴は長く脚は短い個体、他に比べて筋骨隆々な個体、明らかに戦闘向きではなさそうな愛らしい貌をした個体など。
多種多様ではあるが、これらは全て同じ〝万犬竜〟。
派生元の犬種によって戦闘能力に差はあれど、Lv次第で犬種やサイズの差など簡単にひっくり返せてしまう。
ちなみに、ハーパーが疑問に思った通り本来なら精霊たちは優秀な精霊術師であるハーパーに〝竜化生物の接近〟を囁いてもおかしくないのだが、それには明確な理由があった。
「ッ、いえ、それよりもこの大きさ……まさか!?」
明らかに、どいつもこいつも地上個体より大きいのだ。
最も小さな個体でさえ、シェルトやハーパーより遥かに大きいという地上個体ではありえない巨躯を誇っている以上。
考えられる事は、そう多くない──。
「迷宮を彷徨う者だ、どこかの迷宮から溢れ出たらしいね」
「やはり……!」
これらの個体は全て、迷宮を彷徨う者。
迷宮の入口が完全に広がりきった後も〝扉〟を設置せずに放置していると、こうして迷宮個体が溢れ出てしまうのだ。
精霊たちが彼らの接近を伝えなかったのは、地上に存在する精霊たちでは迷宮個体の竜化生物には歯が立たない為。
あの精霊術師にはリスクを冒してまで伝えなくてもいいだろう、あんな化け物みたいな人間が傍にいるんだから。
そこまでの思考を巡らせてはいないだろうが、それに近い事を考えた結果、精霊たちは傍観者となっていたようだ。
まぁ、それはさておき。
「さて、まずは君たち2人でここを切り抜けてごらん。 その後、〝扉〟で塞がなきゃいけない迷宮の入口を探そうか」
「「ッ、了解!」」
『『『HOOOOOOOOOOOWLッ!!』』』
とにもかくにも、この局面を切り抜けない事には何も始まらないという事はシェルトたちでさえ理解できていた為、ユニに言われるまでもなく、2人と群れは互いに牙を剥いた。