反面教師の断末魔
ハーパーが口にしようとした、『【槌操術:隕石】にあんな力はない』という言葉は冗句でも間違いでもない。
本来の【槌操術:隕石】は〝隕石〟などという災害の名を冠していても、ただの〝振り下ろし〟でしかないのだから。
しかし、ひとたび〝覚醒〟を遂げればその限りではない。
──【槌操術:堕天】。
別に【槌操術:竜巻】を経由する必要はないが、〝槌を高く放り投げた後、上昇時と下降時に力を蓄えに蓄えて高エネルギー体と化した槌の柄に結びつけていた魔力の糸を引っ張って墜落させ、その衝撃で全てを破壊する〟覚醒型技能。
当然この技能の使い手はクラディス以外にも世界中に十数人は居るだろうが、これほどの威力や規模を出せる者はクラディス以外に存在しないと、少なくともユニは考えている。
その十数人が不甲斐ないのではない。
クラディスが、【狂鬼の戦乙女】が異常なのだと。
そうこうしている間にも、クラディスが糸を引っ張り終えて落とそうとしている【槌操術:堕天】は、ここら一帯の環境とのロッシュ限界を引き起こした為に地面や木々を引き寄せながら、クラディス目掛けて墜落し続けている。
……ん? と疑問に思った事だろう。
何故クラディスが標的に? と疑問符を浮かべた事だろう。
だが、これは何もおかしな事ではない。
覚醒型技能には、すべからく〝欠陥〟が存在する。
それは【槌操術:堕天】も例外ではなく、魔力の糸を使用者自身が引っ張らなければならない関係上、〝使用者の現在地が高エネルギー体の落下地点の中心となる〟という重すぎる欠陥がある為、被弾は決して避けられないのだ。
クラディス以外の十数人は他の職業技能や武装技能と組み合わせてダメージを軽減したり、仲間の力を借りて墜落寸前で落下地点から逃がしてもらったりと様々な方法で対処しているようだが、もちろんクラディスが対処をする筈もなく。
「ぐッ、はははッ……! さぁ、堕ちてこいやァ!!」
たった今この瞬間も、その一撃が墜落した後の事など微塵も考慮していない様子で狂った笑いを響かせ続けている。
……その一方、標的と言えば標的だし巻き添えと言えば巻き添えでもあるような当のユニはというと、やはりクラディスとは対照的にどこまでも平静を保ったままではあったが。
「……日に2度も使うつもりはなかったんだけどなぁ」
「ッ、あ"ァ!? 何をゴチャゴチャと──……ッ?」
どう見ても魔力とは違う、あまりにも黒く禍々しく澱みに澱んだ〝何か〟を手にしている事だけが先ほどまでと明らかに異なっており、そんなユニの異変にクラディスもまた違和感を抱きはしたものの、もはや時すでに遅し。
その何かは、ユニの手の中で更に黒く大きくなっていくだけでは飽き足らず、まるで光さえ通さぬ漆黒の外套のようにユニの全身を覆い尽くしたかと思えば──。
「【巡遊する死の神】──」
次の瞬間には、顔と両手だけとはいえ欠片も生気を感じられない白い肌と病でもこうはならないと断言できるほどの真っ赤な瞳を晒したユニが都合2つ目となる神の名を呟き。
「【黒の占術札】、〝死神・正〟」
今にも墜落しそうになっている【槌操術:堕天】を指差し、その指先に〝鎌を持った骸骨〟が描かれた1枚のカードが出現したのも束の間、単なるイラストだった筈の骸骨がカードの中から姿を現し。
上空に見ゆる高エネルギー体に向けて、この世のものとは思えぬほど黒く禍々しいその大鎌を振るった瞬間──。
「……は?」
「「「「えっ?」」」」
数瞬前まで確かに上空にあった筈の【槌操術:堕天】が影も形もなくなっただけでなく、この場に居合わせた全員や周囲の環境全てを引き寄せんとしていたロッシュ限界の影響ごと完全に消失し、まるで深夜特有の沁みるような静寂が戻ってきたかの如き歪な光景の中、クラディスとシェルトたちの疑念の声だけが響く。
「な……何を、しやがった……?」
「さぁ、何だと思う?」
「ッ、この……!!」
当然、ユニに神の力が宿っている事など知る由もないクラディスに、その現象の原因を究明する事は不可能だった。
……【巡遊する死の神】は、文字通り〝死〟を司る神。
22の力を〝正〟と〝逆〟に分けた44の力を操り、ただ生物の命を脅かす事だけに特化した加護を与える闇黒の神。
死神・正は、1度に1つと限られているとはいえ〝殺す〟と決めたものの命を問答無用で奪う理不尽極まりない能力。
どうやらユニは、〝ミョルニルの命〟を奪ったようだ。
ちなみに少し前、クラディスから身を隠す為に使っていたのは〝隠者・逆〟のカードであり、その能力で己の〝気配〟を完全に殺す事で人間離れした感覚を持つクラディスを欺いていたらしいが、それはさておき。
「は、ははは……ッ、やっぱテメェとの戦いは良いなァ……どんだけ死力を尽くしても差が縮まらねぇ、この感じ……ッ」
「いよいよ朦朧としてきてるみたいだけど、まだやる?」
「ッたりめぇだろうがよォ!!」
あっさりと切り札が消され、もはや満身創痍という表現すら生温いほどの死に体である筈なのに、およそ虚勢には見えない愉悦を口にしつつ、ユニからの煽りにも屈する事なく、もう片方の武器であるラブリュスに手をかけようとした瞬間。
「そっか、それなら──無駄にならずに済みそうだ」
「何が──ッ!? テメェ、それは……ッ!!」
「あ、あの光は、まさか……!?」
ニコリと微笑んだユニの前面に、クラディスはもちろんシェルトたちでさえ思い当たる節のある閃光とともに、この世界には存在しない純粋な〝竜〟の顎を模った魔力が顕現し、その顎を中心として集約し続けていく、その閃光の名は──。
「──【竜王術:息吹】」
技能なしの素の状態では世界で唯一【竜化した落胤】だけが人間の身で可能とする、〝竜化生物が誇る唯一にして絶対の力〟を放ち。
「う……ッ、お、おォオオオアァアアアアアッ!!」
その閃光の正体を満身創痍ゆえ殆ど見えていない瞳で咄嗟に看破したクラディスは、ラブリュスの〝能力〟では太刀打ちできないと一瞬で悟り、腰に差していた2本の蛮刀を触媒として【剣操術:竜殺】を発動。
竜化生物の息吹にも有効なその技能の行使を、この絶望的な局面で選択できるというのは流石のSランクと言いたいところではあるが、あいにく迷宮宝具でも何でもない単なる蛮刀の一撃で対抗できるほど、【最強の最弱職】の覚醒型技能は甘くない。
「次、は……ッ!! 次こそ、はァ……ッ!!」
威力や規模そのものは先ほどの【槌操術:堕天】に劣りこそすれ、発動までの時間や魔力の質や密度といったそれ以外の全てで上回られている事を誰より悟っていたクラディスは、たとえ死に体でなくとも対抗する事は難しかった事をも悟りつつ。
「絶……ッ対にィ!! アタシ様が勝つからなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!!!」
『……どんな断末魔よ』
そもそも人間の一挙手一投足には大した興味を示さないアシュタルテさえ呆れるような威勢の良い断末魔を轟かせながら、ユランリークの夜空の向こうへと吹き飛んでいった──。
(あ、ミョルニル──……いっか、また今度で)