本命でないとしたら
ユニが違和感を抱いた理由は、クラディスの〝眼〟──。
(……意識の矛先が私に向いてない。 もちろん、あの娘たちにもだ。 【狂奔術:狭窄】のせいで解りにくいけど──)
焦点こそ合っておらずともギラつきだけは微塵も衰える様子のない眼は確かにユニを見据えているが、優れた動体視力と洞察力を併せ持つユニの眼はクラディスの一挙手一投足から意識の矛先、及び彼女の真なる狙いを看破しかけており。
ふと、何かに釣られるように視線を空へと向けた瞬間。
「──……あぁ、アレか」
ユニは、全てを理解した。
意識の矛先が指し示す先も、そして──。
──あの【槌操術:竜巻】が、本命などではない事も。
「避けねぇってンならそれでもいいぜェ!? コイツを食らって消し飛びやがれェエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
「ッ、ユニ様……!!」
「さて、どうしたものかな……」
一方、ユニが己の狙いを見抜いている事を知ってか知らずかMPの消費に拍車をかけて威力と回転力を増幅させた超巨大規模の竜巻を帯びたミョルニルを、途轍もなく高まっていた遠心力とともに放ったクラディスの叫びは、すぐさま耳をつんざくほどの雷鳴と暴風による轟音によって掻き消され。
当然、ユニを案じるシェルトたちの悲鳴に近い叫びもまた届かなかった訳だが、この危機的局面においてもなおユニは一切の冷静さを損なわぬまま視線を竜巻から逸らし。
『……ッ!!』
チラッと意味深な視線を向けただけで全てを察したアシュタルテが、『無理無理無理!』と首を横に振るものだから。
「……仕方ない、ノってあげるよクラディス」
黄金の橋やアシュタルテへの被害など考慮せずに真っ向から【槌操術:竜巻】を、延いてはクラディスの真なる狙いを潰す策を諦め、いつの間にか【通商術:倉庫】から取り出していた三叉槍型の迷宮宝具、トリアイナに眼前の竜巻とは逆回転の渦潮を纏わせながら肉薄したかと思えば。
「いくよ、トリアイナ──【戦闘術:柳風】」
「「「「ッ!?」」」」
逆回転の渦潮をぶつけた事で僅かに回転力が落ちた瞬間を決して見逃さず、〝武器や防具で相手の攻撃を逸らす〟戦士の防御系技能で以て、中心にて高速回転しながら雷撃を放ち続けているミョルニルごと、ユニの背後かつシェルトたちの真上となる斜め後ろの夜空へと受け流してみせた。
「あ、あの竜巻を……空へ受け流したっていうの……!?」
「凄まじいですわ……! これが、ユニ様の本気……!」
言うまでもない事だが、こんな芸当はシェルトはもちろんAランクの竜狩人パーティー、白の羽衣のリーダーですら不可能であり、これが、これこそがSランクかと改めてシェルトとハーパーが感嘆の声を漏らす中。
「「……?」」
ユニとクラディス、どちらに対してなのかは定かでないものの、ハクアとシェイは何らかの違和感を抱いており、それを互いに確かめ合うかのように顔を見合わせたのも束の間。
「咄嗟の思いつきって顔じゃねェ……見抜いてやがンな?」
「そう思うなら、そうなのかもね」
「はッ、憎らしいほど〝最強〟だな……だったら……!!」
クラディスはクラディスで、ユニが己の狙いを看破しているだろう事を看破していたらしく、それを指摘されてもなお余裕綽々なユニへ、やはり憤怒や憎悪ではなく狂気と愉悦を向けながら。
少し前までミョルニルだけを握っていた方の手の指先から伸びていた〝魔力の糸〟を、【超筋肉体言語】には劣りこそすれ充分すぎる剛腕に巻きつけ始めたかと思えば。
「お望み通りィ……ッ!! 堕としてやらァアアアアッ!!」
「「「「は……ッ!?」」」」
おそらくは糸を引っ張る目的だったのだろう、その剛腕を荒廃した大地へと叩きつけた際の震動や衝撃にも驚いたが、それ以上に黄金の橋の度肝を抜く事となったのは──。
突然、〝夜〟が〝昼〟になったと思うほどの閃光だった。
その光の発生源は、シェルトたちが立つ地点の遥か上空。
「な……ッ!! 何よ……ッ、何なのよ、アレは……ッ!?」
「隕、石……! もしかして、【槌操術:隕石】……!?」
「けれど、ただの【槌操術:隕石】にあんな力は──」
超巨大かつ破壊的な魔力を伴って落下してくる、まさに隕石の如き変異を遂げたミョルニルを見上げたシェルト、ハーパー、シェイの3人が恐怖だの混乱だのといった負の感情に振り回されてしまっていた中で。
ハクアはただ1人、静かに閃光を見つめながら──。
「──覚醒型、技能……」
「「「!!」」」
恐怖が裏返ったがゆえか、それとも抱きかけていた厄災への間違った憧れゆえか、努めて冷静に、そう呟いた。