狂戦士の真髄
そもそも、〝狂戦士〟とは如何なる職業なのだろう。
……己を壊しながら強くなる、ではなかったのか?
まぁ、その通りではある。
しかし、それはあくまでも狂戦士の〝精髄〟の話。
狂戦士の〝真髄〟を、まだクラディスは見せていない。
否、見せていなかったと言うべきか。
──【狂奔術:快薬】。
HPの減少値に反比例してATKが強化される、狂戦士の常時発動型技能であり、凡百の狂戦士たちは程々に相手からのダメージを許容しながらATKを強化するというのが基本戦術なのだが、クラディスは技能の活かし方からして違う。
狂戦士において最も強い状態とはどういうものを指すか?
言うまでもなく、〝HPが残り1の時〟である。
HPが減れば減るだけATKが強くなるのだから。
……と、言いたいところではあるのだが。
HPが1になっているという事は、満身創痍だという事。
戦うどころではないばかりか、まず真っ先に命を繋ぎ止める事を考えなければならないほどの死に体である以上、落命のリスクを冒してまで強化を図る者など居ないに等しい。
そもそも強化したいだけなら仲間を頼ればいいのだから。
しかし、〝頼る〟という概念のないクラディスは違う。
下剋上症候群の影響か、それとも生まれつき欠落していたのかは定かでないが、クラディスは死への恐怖など微塵も感じた事はなく、ともすれば望む強者と戦う機会が中々訪れない事への焦燥にも似た怖気の方がよほど感じているようで。
せっかく訪れた【最強の最弱職】との再戦という好機を半端な戦いで終わらせるなど、クラディスが望む訳もなく。
「ぐ、ぶッ、ごほ……ッ!! は、はははは……ッ!! いいぜいいぜェ……!! 昂ってきやがったァァ……ッ!!」
「……よくやるよ全く」
「オイオイ……ッ、何を勝手に冷めてんだゴラァ!!」
まともに喋る事も難儀なほどの吐血に構う事なく大声で嗤いながらATKの急激な上昇を感じ取って高揚する己とは対照的に、どんどん態度が冷めていくユニに戦闘意欲を掻き立てられたがゆえの双撃を、やはりユニは指で受け止め──。
「「「「──……ッ!?」」」」
『く……ッ!』
「だ、大丈夫なんですの、コレ……!」
『解ってるわよ! 性能向上、【悪魔の特火点】!』
先ほどまでとは比較にもならない次元の衝撃と轟音によって元々荒れきっていた戦場が更に破壊されるとともに、アシュタルテの盾が一瞬でヒビ割れた事に4人が不安を抱いた瞬間、言われるまでもなく円状から半球状のものへとパワーアップさせる事でどうにかこうにか凌ぎきる。
(何なのよ、Sランクって……! どいつもこいつも……!!)
……決して余裕で捌いたとは言えなかったものの、環境を一変させるほどの一撃を防いでみせたのだから、やはり悪魔大公の名は伊達ではないのだろう事が窺えるが、それはさておき。
「あれだけの負傷、普通ならもう死んでるっすよ……!?」
「なのに……動きも火力も、全く衰えてない……ッ」
「一体、何がどうなってますの……!?」
そんな馬鹿げた威力の攻撃を、まるでジャブのように連続で放ち続けているクラディスは、たった今この瞬間も口と胸から途轍もない量の血液を溢れさせ続けており。
どうして未だに死んでいないのかという疑念すら晴れていないのに、そればかりか『痛む身体を押している』ようにさえ感じぬ軽快かつ重厚な戦闘を繰り広げ続けている厄災の現状に黄金の橋が恐怖すら覚える中にあって。
(……まさか、あの技能が機能してるの? ユニ様を相手に?)
一応、狂戦士でもあるシェルトだけが気づいていた。
同じSランクでも天と地ほどの差がある筈のユニを相手に通用するとは思えない、とある技能が機能している事に。
その技能とは──【狂奔術:吸血】。
相手に与えたダメージの数値や使用者の適性、Lvに応じて己のHPを回復するという狂戦士に似合わぬ支援系技能。
現在、クラディスのHPは常に1桁台で維持されており。
ゼロになる前にダメージを与える事でHPを回復し、その回復したHPを未だ塞がらぬ傷のダメージで減少させる。
そのサイクルを繰り返す事によって最高火力を維持し続けている──……と、言ってしまえばそれだけの話なのだが。
ダメージを与えるという最も重要な条件を、クラディスがユニ相手に満たせているとは、どうしても思えなかった。
ここに至るまで、1のダメージも与えられていないのに。
しかし、それはあくまでもシェルトの願望込みの先入観。
ギャリギャリギャリッ!! と金属同士が連続で擦り合わされたような甲高い音が周囲に鳴り響いたかと思えば。
「ッははは……!! 火力は追いついたんじゃねぇかァ!?」
「……みたいだね」
「……ッ!!」
見たところ【斧操術:丸鋸】を真っ向から受け止めたらしいユニの手袋の一部が破損し、傷1つなかった筈の白い手の平に僅かとはいえ切り傷をつけた事で、〝ユニの指による防御を火力だけでゴリ押した〟という事実と、〝少なからずダメージを与えている〟という事実を悟り、いよいよシェルトは己の気づきが正しかった事を察する。
これが、Sランク同士の1対1。
勝敗に絶対など、ないという事を──。
「あんな……ッ、あんな自殺紛いな戦い、自分には……ッ」
『いいのよ、アレは真似しなくて』
「そう、なんすか? じゃあ、どうしてユニさんは……」
一方、困惑や恐怖という意味ではシェルトとは違い純粋たる狂戦士であるハクアの方がより動揺していたが、そんな少女に対してアシュタルテは悪魔らしからぬ教師のような厳しくも優しげな声音で以て、ハクアの疑念にこう答えた──。
『──〝反面教師〟にする、あの娘はそう言ってたわ』
「反面、教師……?」