職業の相性
Sランク竜狩人同士の、1対1。
実を言うと片方はSランクではないが、それはともかく。
鏡試合でもユニとトリスによる鍔迫り合いが発生していたものの、あの場には最後の希望と銘打たれたAランク最上位が2人居た為、純粋なる1対1とは到底呼べぬ戦いだった。
「「「「……ッ」」」」
ゆえに、ユニとしても己に比肩する狩人との本気の1対1は随分と久しくあるし、ましてやシェルトたちからすれば初めての経験となる為、自分たちが戦うわけでもないのに緊張のあまり息を呑む中、再び大きな衝撃が発生する。
「【槌操術:隕石】ッ!! ぶっ潰れろやァ!!」
「……【増強術:攻勢】」
かたや何の強化も受けていないとは思えないほどの大跳躍からの正しく隕石が如き振り下ろし、かたや技能で強化したとはいえ一見すると頼りなくも思える細長い指による貫手。
本来なら、わざわざ比較するまでもなく前者の槌が後者の指をへし折りながら本体をも叩き潰して終わりだろう。
……後者が【最強の最弱職】でなければ。
「ッ、今のが武器と素手の衝突音……!?」
「明らかに金属音でしたわよ……!?」
「いや、それより素手で【狂鬼の戦乙女】の一撃を……!」
「相殺する、なんて……ッ」
観戦中の4人が口走った通り、ユニの貫手はクラディスの馬鹿げた威力の一撃を〝手袋〟越しとはいえ無傷で受け止め相殺するばかりか、そのままの勢いで押し返してみせ。
「はははッ! いいねいいねェ! そうこなくっちゃなァ!!」
「……元気だね」
流石にSランクの迷宮宝具という事もあってか、ミョルニルにもヒビの一片さえ入っていないのはもちろんの事、クラディス自身の戦意も全くと言っていいほど欠けておらず、むしろ開始直後より昂った様子で懲りずに武器を振るう一方。
『当然よ。 あの娘の指はどんな武具より鋭く頑丈で、しかも魔力伝導率500%。 下手に武器を使うより強いんだから』
1年近く付き従っている為、本人から聞いていた〝ユニの強み〟の1つを得意げな顔で解説するアシュタルテに対し。
「……やっぱり、生まれ持った才能が……」
『……貴女ねぇ──』
己の不甲斐なさを嘆いているのか、ユニの素晴らしさに感嘆しているのか微妙に解りづらい表情と声音で努力や経験を否定するが如き物言いをするシェルトを見て、アシュタルテが露骨に蔑むような視線を向けつつ何かを言おうとした時。
ガキィン!! と今まで最も強く大きな金属音が辺りに轟いたかと思えば、今度は相手の防具や竜化生物の鱗を破壊してDEFやMNDの数値を激減させる【斧操術:兜割】と単なる右手の薙ぎ払いの指先との衝突音だったらしく。
「ッたく、相変わらず勝ち筋が見えやしねぇなァ……!!」
「その不自由が愉しいんだろう? よく解らないけど」
「あァそうさ! 雑魚相手じゃ味わえねぇから、よォ!!」
勝ち筋が見えない事、延いては苦戦している事実そのものに愉悦を感じているクラディスの〝性〟を、2年弱ほど前の戦いで嫌というほど理解していた為に驚きも呆れも共感もせず、ただただ『違う生き物だ』と認識されている事も知らずに、クラディスは再び斧と槌に魔力を纏わせ肉薄していく。
もちろん、シェルトたちからすれば『この短時間でこれだけの激闘を繰り広げておいて、どうしてスタミナが切れないのか』という如何にも新米な疑問を抱いて当然なのだが。
「……あ、れ? さっきまでより、動きが、鈍く……?」
「「「えっ?」」」
『中々の着眼点ね──ほら、ご覧なさいな』
「「「……?」」」
そんな中、ユニをして『動体視力を除いた〝目〟の力は私にも劣らない』と言わしめるシェイだけが、戦闘開始直後に比べてクラディスの一挙手一投足が、こうして言われてもなお気づけないレベルで鈍化している事に気がつき。
そうは見えないが、と思わずシェイを疑ってしまった他3人の不確定度をゼロにしたのは他でもない解説役であり。
スッと指差された方へ3人が視線を向けた瞬間、何ともタイミング良く3人の疑念を払拭するに足る現象が発生した。
「ッ!? 【狂鬼の戦乙女】の傷が、治って……!?」
以前、トリスの頭蓋を抉り取った時と同じように薙いだ右手の一撃でクラディスの肩の肉が大きく削り取られたかと思えば、どういう訳か次の瞬間には削り取られた筈の肩が綺麗さっぱり回復しており、3人が余計に疑問符を浮かべる中。
「アレって、もしかして……?」
『そう、修道士の技能よ』
「「「……ッ!」」」
シェイだけが、その現象を修道士の技能だと看破する。
武闘家と神官を派生元とする中衛の合成職、修道士。
合成職として見ると火力も耐久も高くはなく、それ以外の能力値も並か並以下というお世辞にも評価は高くない職業。
だがしかし、前衛でも戦える性能を持ちながらにして〝回復能力〟を持つという、その唯一性が修道士の数少ない評価点となり、竜や首を問わず地上ならば重宝される事もある。
そんな修道士に転職したユニが発動したのは、〝攻撃した相手のHPを回復する〟攻撃系技能、【求道術:撃癒】。
……ん? と疑問に思う事だろう。
……それデメリットじゃん、と敬遠する事だろう。
誰もが通る道ではあるが、断じてそんな事はない。
確かにこの技能で攻撃された相手のHPは適性やLv次第で十全すぎるほどに回復するものの、回復する前に傷つけられた筋肉、骨、内臓といった肉体の内側、見えない部位へのダメージは回復する事なく蓄積され続け。
HPは満タンなのに身体は段々重くなるという、この技能でなければありえない奇妙な現象が発生する事になる。
過ぎたる癒しは〝毒〟になる、という事だ。
その為、〝傷つけずに生け捕る〟事が目的となる捕獲クエストではすこぶる役に立つようだが、それはそれとして。
修道士とは、敵を治しながら弱らせる職業であり。
己を壊しながら強くなる狂戦士との相性は──最悪。
つまりクラディスは今、狂戦士にとって最も弱い状態で最も強い狩人との戦闘を強いられ続けているという事になり。
「修道士か……前ヤった時は出さなかったよなァ……?」
「さっさと終わらせたかったんだよ、あの時は」
「はッ、傷つくなァおい……!」
今回は講習の一環だからと修道士を選び長々戦ってやっているが、そうでなければ今この瞬間にも他の火力を出せる職業に転職して国の端まで吹き飛ばしているところだ、そう暗に突き放されたクラディスの心境たるや如何ほどのものか。
「まぁいい、このままじゃ埒が明かねぇからよォ……」
「「「「……?」」」」
……いや、この感じだと大して傷ついてなさそうだが。
それはさておき、クラディスはおもむろにズシンッとミョルニルを地面に置いて、空いた手を己の豊満かつ筋肉質な胸の谷間に滑り込ませてから一呼吸置き、それが何を意味するのか、何をしようとしているのかとシェルトたちが注視していた──。
──その瞬間。
「「「「──なッ!?」」」」
『うわ……』
グジュッ!! という生々しい音を立ててクラディスが己の胸の中心──心臓を目掛けて己の拳を突き刺しており。
夥しい量の血液が傷から、そしてクラディスの口からも溢れ出る中、尋常ではないほどの苦痛に苛まれている筈なのに。
「ッ、死にかけてでも、勝ちにイくぜェ……ッ!!」
クラディスは先ほどまでより更に愉悦に満ちた貌で嗤い。
「心臓、か。 来るところまで来たね」
前もこんな事あったな、とユニは懐かしさから苦笑した。