狩人講習:5日目・厄災襲来 (結)
あまりにも無謀極まる、【狂鬼の戦乙女】との1対1。
凡百の狩人はもちろんの事、彼女の実力や凶暴性をよく知るユニでさえ忌避する〝厄災〟と、たった1人で矛を交える事となってしまった狂戦士に成り立てのハクアは今──。
「おいおい、まだ3分も経ってねぇぞ!? さっきの威勢の良さはどこ行っちまったんだ!? ほら立てよお嬢サマ!!」
「ぐ、う……ッ! 言われ、なくても……ッ!!」
「はッ、そうこなくっちゃなァ!!」
クラディスの言う通り僅か3分も経過していないのに、すでに全身という全身が傷だらけの満身創痍となっており。
もはや五体満足である事の方が不思議なくらいの重傷であるにも関わらず、万が一にも採取クエストに奮闘中のシェルトたちへ矛先が向かないようにするべく立ち上がる姿にクラディスもまた興味と闘志を刺激され、その凶暴な牙を剥く。
辺り一帯は2人の激闘によって──2人というより殆どクラディスが暴れたせいなのだが──更地となり、つい先ほどまで崖に留まっていた筈の巌山羊竜も含めたあらゆる生物は戦闘開始直後に身の危険を察知し、もう2度とこの地に戻って来ないだろう勢いで遥か遠くへと姿を消していた。
『……ねぇユニ』
「ん?」
『アレ、本当に人間なの?』
そんな中、地形どころか生態系まで破壊してしまうほどの暴れっぷりに引き気味な悪魔大公、アシュタルテの問いに。
「人間だよ。 アレは正真正銘、君より強い人間の1人さ」
『……それが貴女たちSランクって事ね』
ユニを含めたSランクには絶対に敵わないから間違っても手は出すな、と暗に忠告された事で魔界のNo.2としての誇りは僅かに傷ついたものの、だとすると別の疑問が残る。
『にしては中々粘ってるわよね、あの娘』
「だね。 正直、予想外だし申し訳なくも思うよ」
『……? どういう事?』
厄災とまで称されるほどのSランク狩人を相手取っているにしては、当初の目的である〝時間稼ぎ〟を思ったより果たせている事に疑念を抱いたアシュタルテに対し、その疑念への解答として相応しいとは思えない〝遺憾の意〟を口にするユニに、ますます疑念が募ってしまうアシュタルテ。
「クラディスは基本的に〝自分より強い生物〟か〝自分より強くなりそうな生物〟にしか喧嘩を売らないし、その気配を察知する事もない。 どうやらハクアは後者になってしまったらしいね、助言1つでここまで変わるとは思わなかったよ」
『……呆れた、やっぱり貴女が原因なんじゃない』
「はは、そうかもね」
しかし、それについてはユニ自身が先述したように予想外の事態であったらしく、まさかユニの助言1つを頼りにあそこまでの急成長を遂げ、クラディスの眼鏡に適ってしまうとは思ってもみなかったと肩を竦めるだけ。
そんな他人事極まりないユニに呆れつつも、アシュタルテは何かを思い出したかのようにハッとユニの方へ向き直り。
『呆れてると言えば、その状態もそうよ』
「その状態?」
『たかが〝身を隠す〟為だけに〝神の力〟を使うなんて』
「……あぁ、その事か」
ハーパーは【忍法術:隠形】だと思い込んでいたユニの姿の消失が、実は技能でも魔術でもなく機械仕掛けの神と並んでユニが手足のように扱う事のできる神の力の1つを行使した為に発生した事象である事を明かしたが。
……たかが、どころの話ではない。
「クラディスの中に棲む〝病魔〟は何もクラディスの五感に依存して強者の気配を察知してる訳じゃなく、ユランリークに足を踏み入れた強者の魔力を病魔自身が察知してクラディスに伝えてるんだ。 だから魔力ありきの技能や魔術じゃ隠れようがなくてね、こればっかりは仕方なかったんだよ」
クラディスを【狂鬼の戦乙女】たらしめる、クラディス自身も無自覚な生まれついての病──〝下剋上症候群〟が1種のセンサーとなっており、あらゆる技能や魔術を用いて身を隠しても魔力を察知してくる為、MPを消費しない力を頼るしかなかったのだとユニは説く。
実際、ユニが神の力ではなく【忍法術:隠形】を発動していたとしたら、クラディスは一瞬も迷う事なく完全に周囲の景色に溶け込んでいる筈のユニの方へとまっしぐら、その勢いのまま僅かなズレもなくユニを目掛けて斧だの槌だのを振るっていた事だろう。
尤も、こうしてユニが神の力を行使して身を隠している間もクラディスは、シェルトたちの反応だけでなく己の五感や気配を頼りに〝この場から消えていない〟という確信を得ており。
『……本当に怪物しか居ないのね、Sランクって──』
その事実は、クラディスの欲望や病魔による探知能力が神の力に迫りつつあるという事の証明になると判断したアシュタルテがユニだけでなく〝Sランク狩人〟という存在そのものに呆れ返っていた時、上方から焦燥感漂う叫びが響く。
それは、ハクアにとっての──〝福音〟。
「──……クア、ハクアッ! 採取し終えたわよ!」
「……ッ!! ようやく、っすか……」
クラディスの災害が如き一撃と、その衝撃や風圧によって幾度となく崩壊しかけていた断崖の中腹まではシェイが錬成した人造竜化生物で、そして巣に辿り着いてからは卵の採取まで保てばいいからとハーパーが土の精霊に力を借りて崩壊を先送りにし。
肝心要の卵の採取は最初こそ上手くいっていたものの不安定な風の影響で幾つか落としかけたらしいが、それをシェルトが咄嗟に魔術師へ転職して【浮】という最下級魔術で以て衝撃を与える事なく採取に成功、後は依頼人に届けるだけという状況になったがゆえの報告を短い叫び1つで受けたハクア。
「オイ何で武器下ろしてんだ!? アイツとの戦いの代替にゃならねぇが、ちったァ愉しくなってきたってのによォ!!」
「自分らの目的は、〝採取クエストの達成〟と……それを達成するまでの間、ユニさんをアンタから隠し通す〝護衛クエストの達成〟っすから……だから、これでもう──」
気が抜けたからか、それともすでに限界だったからかは定かでない『ドスン』という鈍い音を立てて武器を下ろすとともに片膝をついたハクアに、まだ欲求不満だと主張するクラディスを何とか宥めようとして降伏の意思を伝えるべく姿勢を低くしたものの。
「ンな事はアタシ様の知ったこっちゃねぇ!! まだまだまだまだ──……ッ、ヤり足んねぇんだよォオオオオッ!!」
「ハクア! 避け──」
相手は厄災、人間1人の脆弱な意思表示でどうこうなる存在ではなく、もう我慢の限界だとばかりに今までとは比較にさえならないほどのMPを消費した斧と槌の挟撃を防御や回避したりする余力などハクアにはもう、残っていなかった──。
「──ちょっとは自制したらどうだい? クラディス」
「〜〜ッ!! 待ってたぜ万のォ!!」