狩人講習:5日目・厄災襲来 (転)
唸りを上げて高速回転する刃が振るわれんとする瞬間。
背後から彼女を護ろうとするハーパーたちが駆け寄って来ている事にも気づかず、シェルトは半ば死を覚悟していた。
それは何も、シェルトが凡百だからという話ではない。
大抵の生物は、この絶望的な状況に至れば死を覚悟せずにはいられない筈だし、そもそも覚悟する間さえ与えられずに残酷な死を受け入れなければならない凡百の方が多いのだから、この時ばかりはシェルトだけが悪いという話ではない。
尤も、そんな御託を並べたところで結末は変わらず。
数秒後には今まで感じた事のないような痛みが、もしくは痛みなど感じる間もなく死を迎えるのだろうと覚悟し、抵抗する事さえ無駄だと諦めて目を閉じたシェルトだったが。
「……ッ?」
何かが、おかしい。
もう数秒は経過した筈なのに、何も起こっていない。
命を落としていないのはもちろん、負傷もしていない。
一体、何が──そう疑念を抱いて目を開けた瞬間。
「背中に目でもついてんすかアンタは……ッ!!」
「は……ハクア!?」
そこにはシェルト目掛けて振るおうとした斧を筋力で無理やり方向転換させ、いつの間にか復活して斧を振り下ろそうとしていたハクアの一撃を軽く受け止めるクラディスの姿があり。
「……すんません、お嬢。 ご心配おかけしたっす」
「い、いいのよ別に……でも、どうして……ッ」
名を呼ばれたからには傍にと考えたのか、それとも単に鍔迫り合いに敗北して吹っ飛ばされただけなのか、どちらにせよ腰を抜かしかけていたシェルトの方まで跳んできたハクアからの真摯な謝罪を受けてしまえばシェルトとしても許さざるを得なかったが。
それはそれとして何故あの一撃を受けて無事なのか?
……いや、ハッキリ言って無事とは思えぬほどボロボロではあるものの、それこそ即死していてと不思議ではなかって一撃を受けておいて、どうやって生き延びたのか? と様々な疑念を込めて絞り出したようなシェルトの声は──。
「受け流しやがったな? アタシ様の一撃を」
「……お見通しみたいっすね」
「受け、流した……?」
どこまでも凡百極まるシェルトとは違い、その絡繰の全てを見抜いているらしいクラディスの確信めいた問いかけによって阻まれてしまったが、当然ながらクラディスはその絡繰をシェルトたちに説いてやるほど優しくないようで。
「……死んでねぇのは解ってたんだがなァ、もっぺん突っ込んでくるたァ思わなかったぜ? テメェが黙って狸寝入りしてりゃあ、そこの2匹とテメェは死なずに済んだってのに」
「ユニさんの助言を無駄にはできないっすから」
「はッ、立派に嚮導役やってんじゃねぇか。 まァいい、まだ万のはここに居るってのァテメェらの反応で解った──」
そもそもの前提として、ハクアが死んだフリをしつつ一矢報いる隙を狙っている事には気づいていたが、シェルトを救う為とはいえ、そしてユニの助言があったとはいえ擬死を解いてまで無策で特攻してくるとは思っていなかったらしく。
思ったよりも好印象かつ上機嫌なようにも見えるクラディスの様子に、シェルトたちの気が僅かに緩みかけていた時。
「──おい聞こえてんだろ万のォ!! 今から1人ずつコイツら殺してくからよォ、気ィ向いたら出てこいやァ!!」
「「「「……ッ!?」」」」
「ビビってる暇ァねぇぞ!! なァ〝ラブリュス〟!!」
「ッ! 防御、いえ回避を──」
突如として【狂鬼の戦乙女】な一面をモロに出し、クラディスの目には見えておらずとも間違いなくこの場に居るユニに対する脅迫──尤も、ユニを相手に人質作戦など通用する筈もないのだが──を叫び放つだけでは飽き足らず。
もう片方の手にある白銀の【斧】──こちらもSランクの迷宮宝具だったらしい──で今度は4人全員を薙ぎ払おうとする厄災に対し、シェルトは咄嗟に指示を出そうとしたが。
結論から言うと、その指示は全く以て必要なかった。
「なるほど? マグレじゃなかったらしいなァ」
「え──……な……ッ!?」
何しろクラディスが放った魔力を欠片も帯びぬ災害が如き一撃は、どういう訳かハクアを先頭とした4人をすり抜け、4人の後ろに位置するゴツゴツとした岩場を真っ平らに均しながら唸りを上げて遥か彼方まで飛んでいったのだから。
それがハクアの仕業であり、1度きりの奇跡ではなかったのだという事に更なる感嘆と興味をクラディスが抱く中。
「……お嬢、この人は自分が相手するっす。 お嬢らは元々の目的を──採取クエストの遂行を。 で、アンタにはお嬢らの邪魔をせず自分に集中してほしいんすけど……どうっすか」
「そりゃあ構わねぇが──死ぬぞ?」
「覚悟の、上っすよ」
「ハクア……!?」
100人の狩人が聞けば全員が裸足で逃げ出してもおかしくない、〝【狂鬼の戦乙女】との1対1〟を自ずから提案するだけでなく、『コイツだけは殺す』とまで言わしめたシェルトを見逃してほしいという身に余る願いすら口にし始めたハクア。
その心意気は買うが、そう言ったからには命を懸けろよという技能でも何でもないクラディスの圧力にも屈さず、その身を襲う恐怖さえも呑み込んで3人を庇うように立つ姿に。
「……はッ、良いなテメェ。 力の差を解っていながら勝つ事も生きる事も諦めてねぇ、おまけに同じ狂戦士ときた。 ま、どうせこれもアイツの筋書き通りの展開なんだろうが──」
ここで初めて、クラディスが明確に興味を抱いた。
元々は、ユランリークに【最強の最弱職】が足を踏み入れた事を本能で感知し、ユニとの戦いだけを愉しみに突っ走って来たクラディスだったが、たとえユニが用意した筋書き通りに動かされているとしても、この展開は望むところだと口を歪めつつ。
「何秒保つか試してやるよ、温室育ちのお嬢サマ」
「ッ、上等……!!」
4人の中では最も貴族らしくないハクアに、そう告げた。