狩人講習:4.5日目・闇夜に轟く咆哮
それから、およそ半日ほどが経過した。
幸か不幸か、シェルトたちが用意した天幕が無駄にならないくらいの長時間、親となる個体は巣に戻って来ず。
途中、何度か『今の内に採取してしまえば』、『いや当初の策を崩す訳にはいかない』、『臨機応変に動くべきだ』とハクアを除いた3人が、あわや仲間割れしかけていたが。
ついに、その時が訪れる──。
「──! き、来ました! あの巌山羊竜が、きっと……!」
「何かこう、歴戦を思わせる風体ですわね……」
完全に日も暮れてしまい、淡い月光だけが辺りを照らす薄暗い夜の闇の中でも、3mほどの巨躯から生えた毛むくじゃらの大翼を羽ばたかせて暗中を征く巌山羊竜の姿が見えており、ハーパーなどは角や蹄についた傷が逆に百戦錬磨の猛者のようだと感じていたが、それも強ち間違いではなく。
(Lv74? 普通に戦ってたら苦戦しかねない相手だわ……)
シェルトが【通商術:鑑定】で見抜いた結果、実際あの個体は地上を蠢く者の中では上澄みに相当する猛者であったらしく、そもそも交戦が目的のクエストでないとはいえ、もし仮に戦う事になった場合の脳内演習を繰り広げていたシェルトの思考を遮ったのは。
「……? 随分、長く留まってますわね……もしかして托卵に気づいたのでは? そうなったら、どうなるのでしょうか」
まだ産まれてもいない筈の卵の前で、やたらと長く羽を休めている様子の親に違和感を抱いたハーパーの疑問の声。
実際、托卵を悟ったのだとしたら己が産み落とした卵を護る為に頼郭公竜の卵を壊しても不思議ではないのだから。
「普通は気づかない──というか、気づけないようになってる筈です。 頼郭公竜は産卵する時、托卵の対象になった竜化生物のそれと色や形が瓜二つな卵を産むらしいので……」
「だとしたら、私たちの存在を気取って……?」
だが頼郭公竜は種に共通する特性として〝卵の擬態〟を可能とするようで、その巧妙な擬態を親となる個体が見抜けない限り孵化する瞬間までバレる事はないという話を聞いてしまうと、〝外敵の接近〟──つまりは自分たちの存在に気づいたがゆえに警戒しているのではと邪推するハーパーに。
「いいえ、あれは──〝胎教〟よ」
「「胎教?」」
今この瞬間も竜操士のままで居続けているお陰で機能していた常時発動型技能にて、あの巌山羊竜の唸り声──もとい独り言を聞き逃さないようにしていたシェルトが、あそこに留まっている理由を断定し。
「人間の母親だってやるでしょう? お腹の中に居る赤ちゃんに向けて、 〝産まれる前から教育を〟って名目で話しかけるアレ。 実態は母体の精神の安定が目的のアレを、あの個体も卵相手にやってるのよ。 『無事に産まれてきてね』って」
「確かに、高Lvの地上を蠢く者なら、或いは……」
あくまでも卵の為ではなく自身の為に──大半の人間は無意識下とはいえ、それを目的としている──胎教を施しているのだと補足したシェルトに、Lv74の個体だと聞いていたシェイもまた『可能性としてはなくもない』と納得した。
「では、それが終わるまで待つしか──」
そして、その話が事実ならば今しばらく待機する必要があるとはいえ、そこまで長い時間は要さないだろうし、そろそろ登攀や採取の準備をと提案しようとしたハーパーの声は。
「──残念、時間切れだ」
「「「えっ?」」」
静観していたユニの何気ない一言に遮られてしまい。
シェルトを始めとした3人は一瞬、ユニの一言の意味を理解できずに呆けてしまっていたが、ハクアだけは違った。
「……来る……ッ!!」
滝のような冷や汗を流し、恐怖で身体を震わせつつも集中だけは切らさなかった影響か、ハクアだけが悟っていた。
【妖魔弾の射手】とは比較にもならぬ〝厄災〟の接近を。
「──そぉおおおおおおおおおおおおおこぉおおおおおおおおおおおおおかぁあああああああああああああッ!!!」
「「「ッ!?」」」
「……ッ!!」
その瞬間、闇夜に轟く咆哮とともに竜返の断崖の天辺から飛び降りる形で襲来し、頑丈ではないが決して脆くもない地面を陥没させる形で着地した長身で蛮族じみた様相の野生的な美女の出現に、シェルトたち3人が表情を驚愕の色に染める中、ハクアだけは覚悟を決めたように臨戦態勢に移行。
「ここに居んだろ!? 出てこいよ〝万の〟ォ!!」
「この人が、【狂鬼の戦乙女】っすよ……!!」
「「「ッ!!」」」
ユニと肩を並べるSランク狩人の襲来を告げた──。