狩人講習:4日目・採取クエスト (下)
見れば見るほど自然にできたものとはに思えない、この断崖を登って卵を回収する方法の候補自体は幾つもあるが。
それよりも先に確認しなければならない事がある。
1つ、断崖のどの辺りに巣を作っているのか。
2つ、托卵された卵が孵ってしまっていないか。
3つ、どのタイミングで親が戻ってくるか。
これら全てを確認できて初めて採取に移る事ができる。
特に2つ目は最優先で確かめなければならない。
何せ、すでに頼郭公竜の卵が孵化してしまっていたとしたら採取も何もあったものではなく、クエスト達成の余地さえ欠片もなくなってしまうのだから当然と言えば当然だろう。
そして今、黄金の橋は〝崖の登攀方法〟ではなく〝巣の在処、及び卵の有無の確認〟をこそ最優先に遂行すべきだという事を、ユニに教わるまでもなく実行できていたようで。
「シェルト様、如何でしたか……?」
「托卵済みで間違いないわ。 けど、まだ孵ってはなかった」
「では、達成の余地ありですわね。 ねぇ、ハクア──」
シェイが錬成した人造竜化生物に、竜操士へ転職したシェルトが乗り、不安定な風を精霊に働きかける事でハーパーが落ち着かせるという3人がかりで巣の在処と卵の所在、加えて卵の状態をも確認し終えたまではよかったが。
「──……ハクア? 聞いておりまして?」
「……えっ? な、何すか?」
「……駄目そうですわね」
唯一この確認作業に手を貸していなかった狂戦士、ハクアは手を貸さないばかりか話すらまともに聞いていなかったらしく呆れて物も言えない様子のハーパーも居たりはしたものの。
「ハクア、とにかく貴女は来たるべき時の為に備えて。 どんなタイミングで襲ってきても、最良の対応ができるように」
「っす……」
3人全員が『無理もない』と彼女を気遣っているのもまた事実であり、シェルトがハクアの震える右手を両手で包み込みながら親が子供に言い聞かせるような声音で諭す一方、当のハクアには全く響いているようには見えない。
……しかし、こちらにばかり構っている訳にもいかず。
「後は、こちらのタイミング次第ですわね。 まだ親が戻ってくる様子はありませんけれど、あまり時間をかけすぎると孵化してしまう──……のでしたわよね? ユニ様」
「あぁ、頼郭公竜の卵は托卵されてから孵化するまでの期間が異様に短いからね。 のんびりしてる時間はないと思うよ」
頼郭公竜の卵は、非竜化状態の動物や他の竜化生物まで含めたあらゆる生物の中でもトップクラスで孵化するまでが早く、確認された最短記録が僅か1日弱である事を考えると悠長にはしていられない、というユニの助言を受けた後。
「じゃあ、こうしましょう。 1度だけ巣に親が戻ってくるのを待って、また飛び去ったら即座に採取する。 どう?」
「異論ありませんわ」
「ボクも、大丈夫です」
「よし、それじゃあ今はその時を待ちましょうか」
待つ、なんて選択をしている時点でユニからすれば悠長極まりないのだろうが、これはあくまでも黄金の橋が主体で遂行するクエストである為、長時間の野営になる事も考慮して天幕を用意し始めた3人を横目に、ユニは残る1人の傍へ歩み寄り。
「ハクア、ちょっといいかな」
「ッ、な、何すか?」
「随分と怯えてるようけど、そんなに怖い?」
「……ッ」
明らかに何かへの恐怖を押し殺しきれていない様子の少女に対して現実を突きつけたところ、ハクアは強く唇を噛む。
「あ、当たり前じゃないっすか……! 今回のクエストは採取……昨日と同じく自分は大して役には立てない……って事は、【狂鬼の戦乙女】を相手取るのは、相手取る、のはッ」
「君だね、しかも前衛でだ」
「無理……無理っすよ、そんなの……ッ」
「だろうね」
そして溜め込んでいた恐怖が一気に噴き出しとでも言わんばかりの早口で、いずれ必ず襲来するSランク狩人を最前線で相手しなければならない事実に震えが止まらない様子のハクアに、『下手に蛮勇を振るわないだけマシか』と低く見積もっていたユニはにこりと微笑んで。
「だから、ちょっとだけ〝助言〟をあげよう」
「じょ、助言……?」
「そう、君の──」
「──君だけの、〝理想的な肉体の使い方〟について」
割としっかりした嚮導役らしい助言をし始めるのだった。