地の利を得たぞ!
最初に動いたのは、やはりハヤテだった。
「【忍法術:離魂】× 30!! 最強最速で行くわよ!!」
「「「応ッ!!」」」
「は、ハヤテちゃんが10、20……30人!?」
「ひ、1人くらい持って帰っても……ッ」
「ハヤテちゃんをそんな目で見ないでよ変態!」
印を結ぶとともに技能を発動した瞬間、今度は2人などという少人数ではなくユニを広く取り囲むように30人ものハヤテの分身が 姿を現し、一部のファンたちが全く関係ないところで盛り上がる一方。
「30人増えた、なんてのは大した問題じゃねぇな。 そんなモンはBランク程度の忍者の【忍法術:同形】でもできなくはねぇしよ」
「えぇ。 厄介なのは、30人全員がアラクネを装備してるって事ね。 複製品なんかじゃない。 正真正銘、真正品の迷宮宝具を」
ここで注視すべきは量ではなく質、能力値をハヤテ本体と同じくする30体もの分身が、欠点こそなくとも半分以下の性能となる複製品ではなく、真正品の迷宮宝具を装備している事実こそを注視すべきだと忠告する碧の杜。
全ての迷宮宝具が共通して持つ『いくら壊れても即座に直る』という〝自己修復〟を除き、アラクネには2つの固有能力がある。
1つは、『弾性が高い』、『鋼のように硬く鋭い』、『所有者し か触れられない』など様々な性質を持つ糸を出す〝糸の生成〟。
もう1つは、糸のように多機能でなくとも『まともに食らわせられればLv100の狩人も竜化生物も弑す』と云われる〝劇毒〟。
まさしく神話における蜘蛛の怪物の爪を模した迷宮宝具。
Sランクの称号を冠するに相応しい武装である。
「それを、音すら超える速度で動く忍者が30体の分身と一緒に装備したうえで襲ってくるんだもの。 そりゃあ厄介よね」
肩を竦めるフェノミアの言葉通り、厄介極まりないといえる。
「まずは地の利を──あんたが教えてくれた事よね、ユニ!」
「良く覚えてたね。 偉いよ、ハヤテ」
「〜〜ッ! う、うっさい! 行くわよ、あんたたち!!」
そんなハヤテは、いつかユニが言っていた『戦いは環境を有利なものに整えるところから始まる』という教えに従って地の利を得ようとし、その教えをちゃんと覚えていてくれた事を素直に嬉しく感じていたユニからの礼に、ハヤテは赤面しながらも分身に指示を出す。
どう見ても照れを隠し切れてはいなかったが、それはさておき。
ハヤテが指示を出した瞬間、観覧客の視界から本体を含めた31人のハヤテの姿が──……一瞬にして、消え去った。
何が起きているのかさえ、さっぱり解らないが。
「な、何だ!? 分身と一緒に跳ね回って……るのか!?」
「ま、全く見えない……! 速すぎる……!」
地面や修練場をぐるりと囲う壁、或いは魔導師たちが展開した結界を足場として跳ね回っているのだろう事だけは途 切れる様子のない瞬発的かつ破壊的な足音で解るが、それにしたって最速すぎる。
音をも超えた速度というのは比喩でも何でもなかったのだ。
時間にしてみれば、およそ10秒にも満たない短時間にして。
「──【蜘蛛の巣糸】。 ま、ざっとこんなモンかしら」
「糸の上に、立ってる……! これが地の利ってやつか……!?」
地面から壁へ、壁から結界へ、結界から地面へ──……と全方位に、1本1本はか細くともハヤテや何人かの分身たちが立てるくらいには丈夫な白い糸が修練場中に張り巡らされており。
前後左右は先程からすでに取り囲んでいたものの、そこに加えて高低差という戦闘における絶対的な優位を得る事こそが目的だったのだと武闘家はそう読んだが。
正確には、少し違う。
「……なるほど、【無色の糸】で【蜘蛛の巣糸】を張ったんだね」
「そういう事よ! ここはもう、あたしの狩場ってワケ!」
ハヤテがこの張り巡らせた糸は、【蜘蛛の巣糸】という『弾性の高い糸』に【無色の糸】という『所有者しか触れられない糸』の性質を加えた物であるらしく、ユニはすでにハヤテという蜘蛛の術中に嵌ってしまったのだとドヤ顔で指を差す。
見えているのに触れられず、ハヤテと分身たちだけが足場として活用し、トリスやクロマの動きの邪魔にもならないうえに、状況に応じて【無色の糸】の性質だけを取り除く事も不可能ではない。
「準備できたわ! あんたの言う通り、あたしは撹乱と援護に集中したげる! その代わり、前衛・後衛しっかりやんなさいよね!」
「言われるまでもない!」
「頑張る……!」
まさしく撹乱と援護、トリスが望んだ働きが可能となる領域を創 り上げたハヤテからの煽るような声かけとともに、トリスとクロマも整えていた臨戦態勢のまま、ユニとの戦闘を開始した。
アイギスが持つ正確な能力を把握せぬままに──。
☆★☆★☆
──……それから実に、3分ほどが経過した。
虹の橋がLv100の迷宮を護る者と対峙していたのなら、すでに討伐を終えて帰還の準備に取り掛かっているくらいの時間だが。
では鏡試合の進行度合はどうかと問われると。
少なくとも、まだ終わっていないとしか答えようがない。
しかし、その割に随分と観覧席は静けさに支配されているが。
それも無理はないだろう。
何しろ──。
「「「……ッ」」」
観覧客は皆、総じて息を呑む事しかできていなかった。
ただ、繰り広げられる激闘を見守る事しかできていなかった。
「ッ、一瞬たりとも気を抜いてはなりませんよ! あんな……あんな勘違い女の攻撃1つで我々の結界が破壊されるなど! あってはならないのですからッ!!」
「「「は……はッ!!」」」
強いて言うのであれば、スプークを始めとした魔導師たちだけは虹の橋の攻防による余波1つでヒビが入ってしまうこの現状を受け入れる事など決して彼らのプライドが許さず、たとえ詐欺師などと蔑まれようとも自分たちの力に誇りを持って結界を張り直し続けてはいる。
しかし、その結界が破れてしまえば被害を受けるのは自分たちではあるというのに、何の力も持たない一般人も含めた全ての観覧客は修練場で起こっている戦いに釘付けとなってしまっていた。
31人も居る筈なのに、ユニに攻撃するその一瞬だけ残像程度に姿が見えるかどうかという音を超える速度で動き続けるハヤテに。
硬さと鋭さを併せ持つ両盾、貫通力と速度に優れた長槍、一撃の威力と射程距離に秀でた大砲、3つの武装と技能を操るトリスに。
おそらく同じAランクの賢者でも、すでにMP切れとなっていても不思議ではないのに最上位の魔術を延々と使い続けるクロマに。
そして、何よりも──。
「──……どうして」
「ん?」
「どうしてユニさんは、Sランク1人と最後の希望2人を相手に互角以上に渡り合えるんですか? あらゆる職業や武装の技能の威力や効力、及び全ての能力値が半減するのが転職士の致命的な欠点なんじゃ……」
「……そういやLv差だって結構あったっすもんね。 普通、10も20も離れてたら転職士とか関係なく手も足も出ないと思うんすけど」
そう。
彼ら同業者から見ても化け物じみた攻防を繰り広げる3人を相手取っておきながら互角以上どころか未だ傷一つ負わず涼しい顔をしているユニに、ほぼ全ての観覧客たちが驚愕、困惑、混乱──これまでの常識が覆されるような光景に視線を持っていかれていた。
実際、本来ならばあり得ない事なのだ。
転職士の欠点がどうこういう以前に、これだけのLv差があるにも関わらず、Lvで劣る1人側が1対3の戦いで圧倒的優位に立つなどという事は。
だって、そうでなければ──。
Lvも、適性も、能力値も──何の意味も為さないという事になってしまうではないか。
「ユニがあいつらを圧倒してる理由は──……大きく分けて2つある」
「2つ、ですか?」
「それって──」
「──リューゲル!」
「「えっ……」」
そんな理不尽に直面しかけていた後輩たちに手を差し伸ばすように、リューゲルは彼らの疑問を解いてやろうと片手の指2本を立てながら解説し始めようとしたものの、それは彼を本気で咎めるような表情と声音で割り込んできたフェノミアに遮られてしまい。
自分たちの疑念のせいで、Sランクの不興を買ってしまったのかもしれない、そう邪推してしまった商人と盗賊が冷や汗を流す中。
「解ってるっての、フェノミア。 2つとは言ったが、そのうち1つは言えねぇ事になってる。 だから、もう1つの理由だけで勘弁しろよ」
「は、はぁ……」
「で、その理由だが」
どうやらフェノミアが彼を咎めたのは、2つの理由とやらのうちの1つがSランクでも逆らえない相手──実力的には逆らえない相手など殆ど居ないだろうが──から強く口止めされているからだったらしく、そんな事は言われずとも最初から解っていたリューゲルは鬱陶しそうに手を振りつつ修練場の方へと向き直り。
「あいつには、HP・MP・ATK・DEF・INT・MND・SPD・DEX・LUKからなる9種の能力値にも、そんでLvや適性の高さにも表れない強みってのが5つあってな。 その強みってのが──」
前衛のトリスの重厚な一撃を【盾】で。
中衛のハヤテの音速の乱撃を【爪】で。
後衛のクロマの無数の魔術を【杖】で完璧に対応しているユニに視線を向けつつ、能力値にもLvにも適性にも、およそ他人が能動的に知る事のできる数値には決して表れないところにユニが誇る5つの強みがあり、そしてその強みこそが──。
「──1つ残らず、人智を超えてやがるからだ」
ユニをSランクに押し上げた最大の要因なのだと語り始める。
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