狩人講習:4日目・採取クエスト (中)
……覚えているだろうか。
かの【人型移動要塞】や【超筋肉体言語】を語った際に不明瞭な筆述をした、もう1人の近接戦最強の女の事を。
右手に【斧】、左手に【槌】という如何にも攻めの事しか頭になさそうな2つの武装を担ぎ、とある1つの国を〝縄張り〟と称して練り歩き、2つの武装で叩き割り、叩き潰すに相応しい強者を求めて彷徨う狂戦士。
それこそが──【狂鬼の戦乙女】。
素手での戦いだとトリスやスタッドには僅かながら及ばないのに、どういう訳か武器を手にした戦いだと僅差でスタッドを力負けさせ、ユニや突然変異種くらいでなければ傷つく事もないトリスに血を流させるほどの馬鹿げた力を発揮し。
勝つにせよ敗けるにせよ引き分けるにせよ、避けられる攻撃を避ける事なく、ひたすら前に前にという戦法のせいで常に生傷が絶えぬ彼女の姿は、〝狂鬼〟というより〝幽鬼〟ではないかと揶揄する者も過去には居たが、今はもうそんな命知らずは世界中どこを探しても存在しない。
皆、虫でも払うかの如く彼女に殺されたから──。
仮に、ユニを〝最強の竜狩人〟と定義するなら。
〝最凶の竜狩人〟と定義する他ないSランクの狂戦士が2日間に亘って遂行する事となるクエストの最中に襲来し、そんな狂人から身を隠しながら卵を回収し、ユニの護衛もしなければならないという非常に難易度の高いクエストは。
★☆★☆★
「来てしまいましたわね、〝ユランリーク〟……」
竜か首かを問わず、SランクどころかAランクの狩人すら存在せず、対竜化生物の戦力の殆どを【狂鬼の戦乙女】に依存している歪な国、〝ユランリーク〟にて遂行するらしく。
「しかも〝竜返の断崖〟の目の前に転移する、なんて……」
眼前に聳える断崖絶壁──……と呼ぶにはあまりにも反り返りすぎているように見えるその崖の名は〝竜返の断崖〟。
まるで、こちらを呑み込まんとしている大規模な津波の如き形状をしたこの崖は、まだ竜化していない動物たちは言うまでもなく、すでに竜化済みかつ鋭利な爪や揚力の高い翼を持つ個体でさえ異常な形の崖のせいで常に吹き荒れている暴風の影響か登る事も飛ぶ事も容易ではないという過酷な地。
「心の準備はできていて当たり前、という事ですか?」
「ん? あぁ、まぁそうだね。 ところで──」
しかし、いつ如何なる場所であろうと関係なくクエストを達成するのが真に優れた狩人だ、という事を伝えたいがゆえの現地直行だったのだろうと確認したところ、ユニから返ってきたのは何とも素っ気ない肯定の意。
……そんな気はなかったのかもしれないが、それよりも。
「──君、本当に大丈夫なのかい?」
「も、問題ないっす……はは……」
「「「……ッ」」」
ユニでさえ案じざるを得ない程に青い顔をして、いずれ襲来する現時点での自身の完全上位互換、【狂鬼の戦乙女】に怯えきっている様子のハクアに釣られるように、シェルトたちにも緊張が走ってしまっていたが、それも無理はない。
ユニより下である事は間違いとはいえ、相手はSランク。
人外1歩手前の最後の希望と違い、こちらは正真正銘。
──……〝人外〟なのだから。
「そう? じゃあ、さっそく挑んでもらおうかな」
「「「ッ、はい!」」」
「っす……」
そんな風に身を強張らせる4人をよそに、時間がもったいないからと言わんばかりに手早くクエスト説明に移るユニ。
今回、頼郭公竜に托卵されたのは〝巌山羊竜〟。
派生元が大人しい草食動物のヤギである為、竜化したところで大して強くもなければ種としての危険性も低いと来ており、ハッキリ言ってしまうと竜化してもなお非竜化状態のあらゆる動物を含めた食物連鎖でもかなり下の方に位置し。
そんな事情も相まってか、この種は他の竜化生物が棲みつきにくい、もしくは棲みつきたいとも思わない過酷な地形や環境に適応できるように異質な進化を遂げた竜化生物だが。
あいにく頼郭公竜は世界のどこにでも出没し、どのような種が相手でも巣作りさえするのであれば見境なく托卵の対象にするという、本当に種を存続させるつもりで卵を産んでいるのか解らなくなってしまうほどの無法者。
そして食物連鎖で下位に位置するとはいえ、人間に比べれば遥かに体格が良く膂力も魔力もあると来ている巌山羊竜もまたシェルトたちからすれば厄介であり避けるべき相手である事に疑いはない為、交戦に移行しないで済む為にも。
「あの、ユニ様? ちなみに、この崖の登り方などは……」
意を決して登攀方法を聞いたシェルトの言葉を。
「当然、君たちが考えるんだよ」
「……ですよね……」
ユニは、あっさりと遮って話を終わらせた。
何でもかんでも教えてもらえると思うなよ──と。
世間の厳しさを突きつけるように。