3人の未来か、1人の現在か
──切る。
たった2音のその動詞には、様々な意味がある。
刃物などで物質を切断する。
閉じられているもの、塞がっているものをこじ開ける。
遠慮なく鋭い批判をぶつける。
物体から滴っている水分を振り払う。
一面に広がっているものを掻き分けて進む。
と、そんな感じで用途は多岐に渡るが──。
ユニは即座に、その一言に込められた意味を悟る。
「切る、ね……離脱か退職を勧めろという事かな」
〝繋がりを断て〟、そう言っているのだと。
「どれだけの研鑽を積んでも、どれだけの成長を遂げても凡百の域を出ない。 他3人の未来を思えば、それが最良」
「……」
仕事のできる人は嫌いじゃないとミアは言ったが、逆に言えばそれは仕事のできない人は嫌いだという事に他ならず。
あの局面、まだまだ新米である黄金の橋に最適な行動まで求めてはいなかったものの、シェルト以外の3人は間違いなく今の自分たちにできる最良な行動を選択し、実行できていたのも事実であり。
そんな中、シェルト1人だけが足を引っ張っていた事もまた事実である以上、ハクアたち3人とシェルトの間には実力的にも意識的にも越えられないほどの大きな差があるのだろう。
優秀な3人の未来を奪うか、平凡な1人の現在を奪うか。
聡明なユニならば、どちらを選べばいいかなど即座に解る筈だと判断し、お代わりで来たおつまみを食む中にあって。
(……?)
ここで、ミアが1つの違和感を抱く。
いつまで経っても、ユニからの応答がない。
どうやら返事に困っているらしい──……が。
そもそも、この件に関して殆ど外様であると言える自分でさえ気づけるような事に、あのユニが何一つ察する事なく手をこまねくしかなくなるなどという事があり得るのだろうか?
いや、そんな訳はない。
ユニに限って、そんな間抜けな事がある訳はない。
だとすれば──。
「……何か、都合の悪い事が?」
何らかの外的要因が、ユニの判断を妨げているのかもしれないというミアの推察は、どうやら正しかったらしく。
「実は、セリオスが──あぁ、こっちの協会総帥があの3人の生家から圧力を掛けられてるらしいんだ。『届く筈もない〝頂〟に縋り付く、あの身分だけは高い空想家から将来有望な我が娘を引き離してくれ』って」
「え、じゃあ何も知らないのは……」
「本人たちだけだね」
いくら令嬢とはいえ明らかに身分が上の相手にぶつけていいとは思えぬ言葉遣いで竜狩人協会に圧を掛けた、3つの貴族のセリフを聞いたミアは即座に『黄金の橋を構成する当の本人たちだけが何も知らぬまま狩人として活動している』事を悟り。
「あと4日、どうするの? 3:1で別行動させるとか?」
「まぁ、それも悪くはないだろうけど……」
だとしたら、それを早めに自覚させる意味でも有望な3人とそうでない1人へ別々に課題を与え、いずれ来るかもしれない別れの時への備えをさせておくべきではと提案したところ。
「やるとしても最終日か、その前日かな。 それまでの2〜3日は今日までと同じく4人で課題をこなしてもらって、その後は君の案を採用してもいいかもね。 ありがとう、ミア」
「……それは、重畳」
ユニとしても似たような考えには至っていたらしく、それを実行するとしたら2日後か3日後となるだろうが、それはそれとして講習に協力してくれただけでなく、あの4人の事に親身になってくれるミアに礼を言うユニに、ミアはまたも気恥ずかしそうにちびちびと葡萄酒を呑んでいた。
★☆★☆★
それから約1時間後、お代わりで来た酒もおつまみも嗜み終えた2人の内、ユニが2人分の会計を済ませ、すっかり日も暮れた満点の夜空が綺麗な外へと揃って出ていった辺りで。
「そういえば」
「ん?」
「何故、私に声を?」
そもそも最後の希望は、ユニとの接触を禁じられているハヤテとクロマを度外視したとしても、ミアを含めて候補は5人居た筈であり、どうして5人の中から自分を選んだのかとミアが問う。
竜狩人ではなく首狩人が適していたから、というのはミア以外にも最後の希望の中に首狩人は複数人居るという事実からも理由としては美しくないし。
「あぁ、その事? そうだなぁ、あの4人の内の1人が君と同じ錬金術師に転職したからっていうのもあるけど……」
「けど……?」
そんなミアからの問いに、シェイが錬金術師に転職したから最後の希望で唯一の錬金術師であるミアに頼んだという正当な理由もあるが、それ以外にもあるにはあると言いたげに一呼吸置くユニに、何であればミアは多少ドキドキしていたというのに。
「5人の候補の中で唯一、無理に私を勧誘してこないからっていうのが1番大きいかな。 断られるって解ってる癖にね」
「……あぁ、そういう……」
返ってきたのが何とも自分本位な理由だったせいで、ミアはユニと別れるその時まで結構ガッカリしていたようだ。