狩人講習:3日目・捕獲 (結)
かの【妖魔弾の射手】は、その射撃の腕から〝狙撃手〟としての一面があまりに強く本来の職業を忘れられがちだが。
彼女の首狩人としての本質は、あくまでも錬金術師。
主要武器の狙撃銃こそSランクの迷宮宝具という替えの利かない代物であるものの、それ以外の武器や防具といった装備品、薬品や錬金素材、何より銃弾や火薬といった消耗品は全て彼女が錬成した代物であり、それらはクエスト出立後に現地で用意する事もできてしまうという自給自足の体現者。
当然、錬成可能なのはそれらの非生物だけではなく。
「くぅ……ッ!! いくら何でも多すぎっすよ……!!」
「これでは捕獲どころか無事な帰還すらも……!」
手元に素材がある限り、そしてMPに余裕がある限り半永久的に【黄金術:生命】で手駒を量産する事も可能なのだ。
しかし、あくまでも量産は半永久的な筈で。
1匹1匹のサイズは地上を蠢く者を模している為か決して大きくはないが、ここまでの大群となると〝質より量〟を地で行く戦力差が発生し、ハーパーやシェイはもちろん誰より前線で戦っているハクアの消耗が悪化する一方だ。
もしも、ここに居たのが虹の橋ならば速やかに絲蜘蛛竜を全滅させた上で供給源をも潰し、とっくに指定された数の燈蛍竜を無傷で捕獲しているところなのだろうが。
パーティーの人数が同じでも、そしてリーダーの職業が同じでも、ユニとシェルトではあまりにも〝格〟が違う。
……その証拠に。
「ぁぐ……ッ!?」
「!? お嬢!」
「ハクア! 貴女はそのまま前線で食い止めていて!」
「シェルト様は、ボクが護りますから……!」
「ッ、了解……!」
『『『FLYYYY……ッ!?』』』
「あッ、コイツらまた……! このッ!!」
前衛から後衛まで、それこそユニと同じように幅広く顔を出して戦闘と支援を両立せんと張り切ったところでシェルトにユニと同じ動きができよう筈もなく。
そうこうしている間にも1匹、また1匹と燈蛍竜が絲蜘蛛竜の頑丈でしなやかな糸に無傷で絡め取られて捕獲され、【妖魔弾の射手】が居るのかもしれない方向へと消えていく負の連鎖は止まらず。
(……結局、私はどこまでいっても護衛対象なのね──)
浅くない負傷をシェイが錬成した回復薬で癒す中、せっかく蓋を閉める事ができていた筈の劣等感が再びシェルトを苛み、いかにも悔しげな表情で唇を噛みながらも改めて前線へと視線を向けた時。
(──……え? 何、アレ……死骸、いや残骸から……)
ハクアやハーパー、もしくは己が仕留めた筈の絲蜘蛛竜の残骸から、じわじわと何かが漏れ出ている事に気づいた。
ハーパーの精霊、シェイの照明を以てしても暗闇である事に変わりなく、はっきりと見えないせいで何かは解らない。
(……煙? いや、ただの煙じゃない、解らないけど──)
煙か何かが発生している事くらいしか解らなかったが。
シェルトの中の警報器が全力で警鐘を鳴らしていた為。
「ッ、皆!! 絲蜘蛛竜の残骸から何かが……!!」
「「「!?」」」
いつもは出さない大声で警告しはしたが、時すでに遅く。
「なッ!? 何すか急に……ッ!! う"、げほ……ッ!?」
「し、シルフ! 風で吹き飛ば──……ぁ、ぐ……!」
「ハクア! ハーパー……! ッ、しぇ──」
まるで残骸の1つ1つが爆弾であるかのように連鎖し、あろう事かまだ死んでない筈の個体までもが炸裂して煙を発生させ始めた事で、とにかく護衛対象を護らなければと判断した2人が一瞬で吐血したり胸を押さえて苦しそうに膝をつく中にあり。
「──【黄金術:、秘薬】……!」
(……!? 何で今、技能を──)
ただ1人、シェイだけは謎の煙による苦痛に喘ぎながらも錬金術師の技能を発動して何かをしようと試み出し、息を止めた状態でそれを見ていたシェルトが疑問に思いつつも我慢の限界だとばかりに煙を吸い込んでしまい、『しまった』と己の根気のなさを恥じたその時。
「──……えっ?」
いつまで経っても、痛みや苦しみが襲ってこない。
煙たくはあるが、ちょっと喉が乾燥する程度である。
どういう事なのかという疑問と、シェイが何かをしたのだろうという推察とがぶつかる中、それを問いかけるより早く。
「うッ、げほっ、がはっ……! お、お嬢、ご無事で……?」
「え、えぇ……ハーパー、貴女は……?」
「どう、にか……今、空気を入れ替えさせますわ……」
シェルトの周囲だけが無害となった訳ではなく、どうやら2人もその範囲に入っていたのか、すっかり元気に──という訳にはいかないものの、ある程度は具合も良くなっている様子の2人がそれぞれの役目を全うし始める一方で。
「……シェイ、貴女さっき何を……?」
推察を確信へ昇華させるべく、まず間違いなく己を含めた3人を救ってくれたのだろうシェイにその方法を問うと。
「シェルト様……この煙は、絲蜘蛛竜が元々有している毒を素材に錬成された生物兵器──いわゆる〝毒ガス〟です」
「ど、毒ガス……!?」
「それを、技能でどうにかしたって事っすか……?」
「実はボク、捕獲対象が燈蛍竜だと知った時から今の今まで1番の天敵だって確信を持って言える絲蜘蛛竜の毒を中和する為の薬を、もしもの時の為に錬成してたんです。 何度も、何度も試行と失敗を繰り返しながら……」
「シェイ……そうだったのね、ありが──」
どうやらシェイは、この森の外に住まう老人から捕獲対象の話を聞いた時点で天敵の出現を予想していたらしく、その手元にある空となった丸型フラスコの中身だった液体を地面に垂らして揮発、毒ガスを無毒化する事に成功していなければ間違いなく全滅していただろう事実を知り。
シェルトや他の2人が礼を述べようとした、その時。
「──【最強の最弱職】が教えているとはいえ、アレの複雑な毒素に対応してくるとは思ってなかった。 中々やる」
「ッ、誰……!?」
深淵と称しても疑問を持たぬほどの暗闇の奥から静かで抑揚のない声が聞こえてきた方へ向いた4人の視界に、どこまでも続く常闇にしかなっていなかった筈の濃霧を掻き分け、その華奢な身体には似つかわしくもない大きく無機質な狙撃銃を片手に歩いてくる誰かの姿が映る。
カジュアルな様相の迷彩服を身に纏い、必要以上に見えすぎる視力を抑える為のゴーグルを装着し、あらゆる毒物を吸入しない為のマスクまで装着している事で表情の一切を確認できずとも、ここまで要素が揃っていては、もう断定せざるを得ない。
「あ……!! ま、まさか、貴女は……ッ!!」
「ふぁ、【妖魔弾の射手】!?」
……どうやら彼女は意外と近く──どころか、ユニの頼みで黄金の橋を目視できるくらいの位置で張っていたようだ。
ともすれば少女と形容した方が正しいのかもしれないAランク狩人は、一寸先の闇の向こう側をも見通すほどの優れた視力と夜目で以て己の手駒の残骸を避けつつ4人の方へ歩み寄り。
「本当は姿を見せるつもりはなかったし、コレも1匹だってくれてやるつもりもなかった。 けど、気が変わった」
「え……?」
「そこの錬金術師の機転と技量、知恵と勇気に免じて──」
リーダーのシェルト、ではなく自分と同じ錬金術師であるシェイの前で歩みを止めた彼女は、『新米な上に転職したばかりでLvも低い』と聞いていた割に充分すぎるほど貢献していた後輩に対し割と素直に感心していたようで。
「コレ、あげる。 群れで1番、淡く美しく光る燈蛍竜」
「い、いいんです、か……?」
「構わない。 もしかしたら、いずれ──」
絲蜘蛛竜の吐糸管から離れた事で硬質化していた糸の檻に閉じ込められながらも微かに明滅し、ゆらゆらと狭い檻の中を飛び交う燈蛍竜を差し出してきた彼女から受け取りつつも、本当にいいのだろうかという不安が拭い切れない様子のシェイに、ミアは踵を返しながら。
「──貴女と一緒に仕事する日も来るかもしれないから」
「え……!?」
「じゃあね」
「は、はいッ! ありがとう、ございました……!」
心なしか目を細めて微笑み、そんな風に世辞を送ってくれたように感じた時にはもう濃霧の奥へと消えていた華奢な後ろ姿に、シェイは晴れやかな笑顔で礼を述べたのだった──。
「……そういや、これって〝達成〟になるんすかね……?」
「「「……あっ」」」