狩人講習:3日目・捕獲 (転)
突如、シェルトが狙撃されてから約5分──。
治療を終えた4人は、いよいよ濃霧の森林へ立ち入り。
「教わった通り……いえ、教わった以上の暗闇ですわね」
「明かりがあるのに足元くらいしか見えないっすよ……」
「もう少し、明度の高いものを錬成しますか……?」
「……いえ、これくらいでいいわ。 ここから先はMPの消耗との戦いでもあるのよ、少しでも倹約していかないとね」
「そう、ですか……」
「……ハーパー、精霊たちは索敵を続けられてる?」
「えぇ、今のところ敵意は感知しておりませんわ」
「よし、それじゃあ警戒を怠らず先に進みましょう」
学園に通っていた頃から培ってきたスムーズなチームワークで以て、〝一寸先は闇〟を地で行くどころか照明があっても手元や足元さえ覚束ないほどの闇の中を一塊になって進んでいく。
直射日光を通さないというだけなら他にも似たような場所はあるかもしれないが、この森を覆う濃霧は月の光はおろか反射光すらも通さぬ為、手元にある照明の光さえ闇に吸い込まれてしまうせいで肉眼での索敵は殆ど機能しない。
ハーパーが居なければ、まともに前進する事も難しかっただろう4人が少し、また少しと暗闇を掻き分けていく中で。
「……索敵……意味、あるんでしょうか……」
「シェイ?」
「だって、ボクたちの相手は──」
シェルトの言う通り警戒こそ怠ってはいなかったが、もう考えないようにしていた存在についてシェイが言及し始めた事で、4人は歩みは否が応でも鈍く重くなってしまう。
──【妖魔弾の射手】。
Aランクの首狩人かつ最後の希望に属する錬金術師。
生粋の首狩人でありながら、ソロで難易度Sランクの迷宮攻略に挑んで手に入れた超高性能の狙撃銃型でSランクの迷宮宝具を主要武器とする冷徹で冷酷な仕事人。
驚くべきは、その人外じみた〝視力〟と〝射程距離〟。
普通の狙撃手の射程距離は、せいぜい2〜3kmだが。
何と【妖魔弾の射手】の視力は人間や動物どころか竜化生物さえも遥かに凌駕しているのに加え、〝肉眼で視認可能な範囲まで狙撃できる能力〟を持つ迷宮宝具の存在も相まって、それこそ一国の端から端まで弾丸を届ける事もできるのだとか。
もしかすると今も、濃霧の森林から遠く離れたバッカントの何処かから燈蛍竜や黄金の橋を狙っているかもしれず。
また、そんな異能を持つ彼女でもSランクには届かないという事実を思うと、10人のSランク狩人たちの怪物じみた異常性を嫌でも理解させられる今日この頃だが──。
「……今、視界にさえ捉えられない狙撃手の話をしていても仕方がないわ。 まずは捕獲対象、燈蛍竜が目撃された地点へ向かいましょう。 ハーパー、シェイ。 案内、頼むわよ」
「「……了解」」
どうしようもできない事よりも、どうにかできる事に尽力すべきだというシェルトの正論を受け、ハーパーとシェイの先導のもと4人は再び一寸先の闇へと踏み入っていき。
「ここ、だと思います。 燈蛍竜が、目撃された小川……」
道中、決して弱くはない地上を蠢く者の襲撃を捌いた事もあって休息を挟んだとはいえ、およそ1時間ほども彷徨い歩いた結果、地図作成の役割も兼ねていたシェイがそう告げた先にあったのは、この魑魅魍魎の森には似つかわしくない透き通った水が流れる小川。
「間違いありませんわね、〝ウンディーネ〟たちもそう言っておりますわ。 『ここが、この森で1番綺麗な清流だ』と」
「そう……けど、姿が見えないわね」
「蛍が派生元なんだから光ってるんすよね?」
まさか、とは思ったもののハーパー越しに水の精霊からも証言を得られたや〝清流にしか棲みつかない〟という前情報からも確信しはしたが、肝心要の燈蛍竜特有の淡い光が1つたりとも見えない事に違和感を抱く3人に対し。
「燈蛍竜の発光は〝求愛〟や〝警戒〟、〝眩惑〟や〝交信〟など様々な意味を持ちますが……おそらく今は……」
「その時ではない、と……じゃあ、しばらく様子を──」
前情報よりも更に詳細な燈蛍竜の生態をあらかじめ把握していたシェイからの進言を信用するのなら、ここで身を潜めておいて燈蛍竜が姿を現すのを待つのも時間的にはありかもしれない、そんな提案をしようとしたその時。
『『『FIII……REEE……』』』
「──見ッ、え……!?」
「い、一斉に光りだした!? しかも、こんな眩しく……!」
「求愛、ではないでしょうし……ッ」
「だとしたら、まさか──」
一切の前触れもなく、あまりに唐突に無数の淡く小さな光を放つ燈蛍竜の群れが小川の上を飛び交い始めた事で、この光景を望んでいたとはいえ驚かざるを得なくなりつつも。
それはそれとして何故このタイミングで一斉に発光し始めたのかと考えたところ、まず〝求愛〟はありえないと切って捨てた時点で残った3つの選択肢を総合した際に見えてくる結論は、もはや限られていた。
「〝絲蜘蛛竜〟!? 一体どこから……ッ!」
そう──〝天敵の出現〟である。
その名の通り蜘蛛を派生元とするこの竜化生物にとっての燈蛍竜とは、幼体から成体にかけて全ての形態が捕食対象となる絶好の餌であり、そんな天敵が唐突に群体で自分たちに狙いをつけてきたからには唐突に発光し始めてしまうのも無理からぬ事。
「自分が先駆けするっす! ハーパー、〝水〟を!」
「えぇ! ウンディーネ、ハクアの斧に力を!」
「いくっすよォ!【斧操術:十戒】ッ!!」
それを理解したからには天敵の排除こそ最優先で遂行すべき事であると判断して飛び出したハクアに呼応し、ハーパーがウンディーネに顕現させた大きな水の球体へ向けてハクアが斧を一振りすると、その刃先から強い水属性を帯びた広範囲の斬撃が放出され。
『『『──……ッ』』』
「ッしゃ──……んッ!?」
あっさりと甲殻を斬り裂いて3〜4匹を屠ったまではよかったものの、ハクアは抱いた違和感の正体を即座に悟る。
……体液が、1滴たりとも流れ出てこないのだ。
そして、もっと不可思議なのは──。
その奇妙な違和感を、かつても抱いた事があるという事。
(……最近こんな感じの違和感を、どっかで──……あ!!)
しかも、ごく最近に──そんな風に記憶を遡ろうとしたハクアの脳裏を過ったのは本当の本当に、ごく最近の記憶。
2日前、狩人講習初日の記憶。
「お嬢! それに2人も! 解ったっすよ、コイツら──」
「──【妖魔弾の射手】が錬成した人造竜化生物っす!」
「「「!!」」」