狩人講習:3日目・捕獲 (承)
前日同様、為すべき事を最初に纏めてみると──。
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転移先はは遠境となる国外、ドラグハートとの国際交流や流通経路が少なく、幸か不幸か技術的に遅れている事が豊かな自然を保つ秘訣となっている発展途上国、〝バッカント〟。
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賞金を懸けたのは、とある森の近くに住む鍛冶士の老爺。
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標的となる賞金竜は、そもそもの個体数も少ない上に棲息地における目撃例までもが限られているという、蛍を派生元とした小さな小さな地上を蠢く者──〝燈蛍竜〟。
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小さい事もそうだが身体そのものが非常に脆く繊細で、危険度がEランクという事も相まって討伐自体は容易でも、いざ〝捕獲〟となるとBランク以上の狩人でも苦戦するとか。
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「しっかし、〝絶対に傷つけてくれるな〟っすか……こうなると自分は、あんましお役に立てそうにないっすねぇ……」
「狂戦士ですものね、そういう事もありますわよ」
そんな扱いの難しい竜化生物を、いくら〝生け捕り〟が目的とはいえ無傷で捕獲してこいというのは骨が折れるなんて次元ではなく、そういった繊細極まる責務を己に果たせるとは思えないハクアは早々にお手上げとなっていた。
尤もハクアは元より大雑把な性格ではある為、転職していようといまいと向いていない事に変わりはなかったろうが。
「そ、それより……ここって、もしかして……あの……?」
「えぇ、学園でも教わったわね。 確か名前は──」
一方、残る2人は老爺の寂れた小屋から大した距離を移動する事もなく辿り着いた眼前の景色に強い既視感を覚え、その既視感の正体が1年ほど前に地理の授業で習ったとある森の名を想起する。
──〝濃霧の森林〟。
通称〝極夜なる地〟とも呼ばれる深い深い森は、その名の通り1年通して気候も時間も関係なく常に濃霧に覆われており、その通称通り光も通さぬ深い霧の影響で決して〝昼〟が訪れず。
地上個体が共通して持つ、〝夜行性の生物が派生元である場合、更に強化され凶暴化もする〟という迷宮個体に対する優位性の1つを知ってか知らずか、バッカントにおける夜行性竜化生物の約4割が濃霧の森林に集中しているらしく。
「……ん? そういやここってBランク以上かつ4人以上のパーティーじゃなきゃ入れなかったような気がするんすけど」
「〝入れない〟、ではなく〝推奨できない〟ですわね」
「入ってもいいけど、〝自己責任〟……実際、数十人近くの狩人が未だに戻ってきてないっていう……人によっては〝禁足地〟として扱う事もあるとか、ないとか……」
「「「……ッ」」」
返り討ちに遭う狩人も多くなる兼ね合いで必然的に高Lvの個体が揃い踏みするこの森には、狩人協会からはもちろんバッカントの王族からも〝警告〟に似たお触れが出されており、全狩人の不文律を地で行く危険な場所である事もそうだが。
「しかも誰かは解らないまま、あの最後の希望の一角と獲物を巡って競争するなんて……流石に無謀じゃないっすか?」
「……今からでも訂正を要求された方がよろしいのでは?」
「うっ……」
それに加えて今回、老爺からは何も言及されなかったとはいえ〝最後の希望の介入〟がユニから示唆されている以上、やはり独断での合格条件の変更は悪手だったのではないかと3人にジト目を向けられるシェルト。
……解ってはいる。
シェルトだって、解ってはいるのだ。
ただ少し、〝感情〟に〝理性〟が追いつかなかっただけ。
「と、とにかく私たちには〝達成〟以外の選択肢なんてないんだから! さっさと行くわよ! 話してたって仕方な──」
それを理解してしまっているからこそ気まずさを隠し切れないシェルトだったが、こんなところで屯している意味はないというのも事実ではあった為、自ら先頭に立ち濃霧に覆われた森の入口を指差した──……まさに、その瞬間だった。
「──い"ぅッ!?」
「「「ッ!?」」」
ボキッ、という鈍い音を立ててシェルトの人差し指が曲がってはいけない方向へ折れてしまうとともに、その勢いのままドサッと地面に倒れてしまったのを垣間見た3人は驚きながらも即座にシェルトを護るべく取り囲むように駆け寄り。
「お嬢!? 大丈夫っすか!? 一体どこから……!!」
「私が索敵を! シェイは防衛と治癒をお願いしますわ!」
「りょ、了解……!」
「う、うぅ……ッ」
ハクアが警戒と迎撃の準備を、ハーパーが索敵を、シェイが防衛と治癒をと瞬く間に連携し、その負傷箇所の小ささからは考えられないほどの痛みに襲われているらしいシェルトが如何にも苦しげな呻き声を上げる中、索敵を続けていたハーパーが何かに気がつき。
「ハクア、そちらに何かが撃ち込まれたような跡が……」
「え、あぁ、確かに……拾ってみるっすか?」
おそらくシェルトの指を撃ち抜いた弾丸か何かがめり込んでいるのだろう焦げついた穴に注目して、チラリとそちらを見遣ったハクアなら素手で触れてもいいものかどうかという事さえ憂慮せず拾いかねないと判断し。
「では私が──〝ノーム〟、〝シルフ〟。 お願い」
精霊術師へ転職済みのハーパーは、この場にも棲んでいるだろう土と風の精霊たちに語りかけ、〝地面の隆起〟と〝めり込んでいる物体の引き寄せ及び浮遊〟をと願う。
……精霊術師には、1つたりとも技能が存在しない。
常時発動型技能も、随時発動型技能も。
彼らはただ、お願いするだけ。
攻撃、防御、回避、移動、治癒、支援──などなど。
精霊を視認し、声を聞き、声を届け、願うだけの職業。
されど、その唯一性は忍者や錬金術師に劣るどころか適性によっては上回る事も往々にしてある非常に稀有な合成職。
2日目の討伐クエスト達成後、ハーパーの精霊術師としてのLvは26まで上昇、決して高いとは言えないものの精霊たちが文句の1つも言わず気まぐれに役目を放棄したりもしないところを見ると、どうやら己が思っている以上に精霊術師への適性があるのだろう事が窺える。
まぁ、Sランクなのだから当然と言えば当然なのだが。
……閑話休題。
土中から姿を現したのは、シェルトへの殺意はなかったのか鉄でも鉛でもない〝ゴム弾〟であり、おそらく触れても大丈夫だろうと判断したハーパーが浮遊する弾丸を手に取って観察していたところ。
「──……え? これ……」
「どうしたんすか?」
「いえ、この弾丸……切れ目のようなものが──あっ」
「中から何か……これは、紙? 何か、書いて──」
銃弾をそのままの形で撃ち出したような細長いゴム弾に四角い切れ目が入っている事に気づき、それを何気なく爪で引っ掻こうとした瞬間、ハラリと中から1枚の小さな紙が姿を現し。
地面に落ちるより早く拾ったハクアが、覗き込んできたハーパーとともに見た中身は、あまりに衝撃的な内容だった。
『邪魔立てするなら容赦しない──〝ミア=レミントン〟』
「「……ッ!?」」
2人は、その物騒な一言に驚いた訳ではない。
その一言の後に添えられた〝姓名〟。
それは狩人ならば誰もが知っている〝錬金術師〟の名前。
世界に7人しか居ない、最もSランクに近い狩人の1人。
「まさか、ユニ様が仰っていた最後の希望の1人は──」