狩人講習:1日目・認識の刷新 (下)
シェルトたちからすれば、それは食器でしかないが。
ユニにとって、それは食器でもあり武器でもあるという。
そう言われれば、ギリギリ噛み砕けない事もない。
武器と呼ぶには心許ないという事実こそ変わらずとも、寝首を掻けば〝竜〟は無理でも〝人〟は弑せるだろうから。
……しかし、しかしだ。
たった今、ユニが放った【剣操術:斬閃】。
あれは間違いなく、〝竜〟を弑す威力を有していた。
地上を蠢く者ならばLv89までの全ての個体を。
地上を統べる者ならばLv100以外の個体を。
迷宮を彷徨う者ならばLv70くらいまでの個体を。
迷宮を護る者でさえLv60代の個体なら屠れるだろう。
流石に突然変異種相手では威力不足にもほどがあろうものの、ユニなら或いはこの小さなナイフ1つで抗う事くらいはできてしまうのではないかと思わせるのだから末恐ろしい。
そして今、4人の脳内を新たな疑念が支配する。
認識次第で食器でも〝竜〟を殺せる事は理解した。
では、それを今このタイミングで伝えた理由は何だ?
これも講習の一環なのだろう事は理解できていても、それが一体どういう教えによるものなのかが全く解っていない。
真剣に考えては、いる筈なのだが──。
「さて。 君たちは今、〝食器でも竜化生物を殺せる〟っていう知見を得た訳だけど。 これに何の意味があると思う?」
「「「「……」」」」
そんな4人とは対照的に、さも何でもない事であるかのような軽い声音で、まさに4人が抱いていた疑念を解決するに至るだろう問いかけをユニがしてきたはいいものの、あいにく4人はその答えに辿り着けていない。
尤も、それは当然と言えば当然の帰結。
辿り着いていたのなら、疑念など抱いていないだろうし。
「流石に解らないか、まぁ仕方ない。 習うより慣れろって言うし、やってもらった方がいいのかな。 って事で──」
そして、それを誰より当然だと思っていたのはユニその人であったらしく、言って聞かせたり実際にやってみせたりするよりも、体験させてみた方が効率が良いのかもしれないと思い直し。
「──シェルト、さっきの私と同じ事をしてごらん」
「え、あ……私が、ですか……?」
「やりたくないなら別にいいけど」
「い、いえ、そのような事は……ッ」
元より拒否するつもりなどなかったが、もしも拒否したのならそれはそれで構わない、候補は他に3人も居るしと暗に告げられた気がしたシェルトは、ぽいっと無造作に投げ渡された小さなナイフを手に、つい先ほどユニが薙ぎ倒した林の中で比較的無事な木々の前に立つ。
ユニは、こう言っているのだ。
君も、そのナイフで【剣操術:斬閃】を撃ってみろと。
「……ッ」
……確かに緊急時、武器でも何でもない物体を触媒として武装技能の発動に成功したという話を耳にした事はある。
だが、それは極めて稀有な事例。
少なくとも在学中にそんな事は習わなかったし、それの是非を教師に問うても否定されるか鼻で笑われるだけだった。
そんな事象はありえない、ありえる訳がない──。
──……ありえていい訳がない、と。
しかし彼女は今、眼前で目撃してしまったのだ。
稀有な事象の、発生を。
……ただ、シェルトにとっての〝肝〟はそこにはない。
(……あの連戦で図らずも、ユニ様の下位互換であるばかりに私が足を引っ張っている事は自覚できた。 このままだと私は無駄に高い爵位ばかりをぶら下げておいて、あれほどに優秀な仲間たちを盾にするだけの存在に成り下がってしまう……!)
黄金の橋を構成する4人の令嬢の中で唯一シェルトだけが親から聞かされていた、ユニが貴族を嫌う理由の1つ。
……ユニは、〝弱者〟を見下さない。
尤も、この世界にユニより強い人間などそうそう居ないと解りきっている為、見下しようがないというのもあろうが。
しかし、それはそれとして〝大した力も持たない癖に権力ばかりを振りかざす無能で無力な愚者〟──どうにもユニはそういった者たちの存在を許容する事ができないのだという。
そういった者の殆どは金欲と支配欲に溺れた、〝貴族〟。
そんな愚かしい者たちと同じには、なりなくなかった。
……なる訳には、いかなかった。
「ッ、【剣操術:斬閃】!!」
そんな万感の思いとともにMPを消費し、ユニが発動したものと同じ技能の名を叫んでナイフを横一線に振るった結果。
──スパンッ!
という小気味良い音を立て、1本の木に亀裂が入り。
「で、できたの……? や、やった、やれたわ……!!」
「凄ぇ! 凄ぇっすよ、お嬢!」
「流石ですわ、シェルト様!」
「お見事、です……」
それが技能の発動に成功した事による無属性の魔力の斬撃によって成されたのだと理解した瞬間、何なら当の本人よりも3人が大袈裟なくらいに喜び、そして褒め称える中。
「よくできました」
「ゆ、ユニ様──」
「じゃあ次」
「えっ」
凛とした姿勢のまま歩み寄ってきたユニもまた称賛してくれるのかと思いかけたのも束の間、そんな事を言われて呆ける間さえ与えられずナイフを取り上げられたかと思えば。
「今度は君自身の得物を使って、【剣操術:斬閃】を発動してみるといい。 きっと面白い事が起きるから」
「え……は、はい。 それでは……」
ふと視線を移した先に置いてあった、シェルトが普段使いしている一振りの良質な長剣でまた同じように技能を発動してみろと命じられた事で、ぽかんとしつつも長剣を手に取ってから先の位置まで戻り。
いつもと同じように、あくまでも何気なく剣を振るった。
──その瞬間。
「【剣操術:閃──……ぃむッ!?」
「「「ッ!?」」」
彼女が想定していたものとはかけ離れた膨大なMPが長剣に、延いては技能に持っていかれたと察するやいなや、やはり彼女が想定していたものとはかけ離れた異常な威力と規模を誇る無属性の魔力の斬撃が放出され。
「な、何すか、あの威力……! あれじゃあ、まるで……!」
「先のユニ様のものと変わらないじゃありませんの……!」
驚愕の表情に彩られたままハーパーが叫んだ通り、その威力はユニの【剣操術:斬閃】に勝るとも劣らず──まぁ劣ってはいるのだろうが──数本の木々を薙ぎ倒していく様を見て、シェルトを含めた4人が困惑の感情に支配される中。
「これこそが〝認識の刷新〟、正確に言えば〝下限の再設定〟だよ。 それぞれの武器における〝下限〟を、より質の低い武器──或いは武器ですらないもので更新すると、その下落を補うように〝上限〟が過剰なほどの暴騰を引き起こす。 今の【剣操術:斬閃】のようにね」
「で、でもこんな事、学園では……!!」
この現象、ユニが言うところの〝下限の再設定〟及び〝上限の暴騰〟こそが4人へ伝えたかった事だと明かしたが、こちらに関して言えば養成所とは比較にもならないほど良質であった筈の学園の授業でも全く以て習っておらず、本当に正しい事なのかと問うてはみたものの。
「そりゃあ習わないだろうさ、あそこの教師陣は見栄や外聞ばかりを重んじてるからね。 尊い血を継ぐ自分たちが、そしてそんな自分たちの教え子たちが〝武器でも何でもないもの〟を野蛮に必死に振り回して戦うなんて教えないし、考えたくもないんじゃないかな」
「なる、ほど……」
ユニからすれば口にするのも避けたい貴族特有の傲慢さで彩られた教育機関、延いてはそこで教鞭を振るう者たちであれば平気で〝有用だが野蛮な教え〟を隠し、〝優雅だが不要な教え〟を優先させるだろうと吐き捨てる。
どうやら、4人にも心当たりがあったようだが。
「ゆ、ユニさん! これって他の武装でもできるんすか!?」
「もちろん。 食後の運動も兼ねて、さっそく試してみる?」
「「「はい!」」」
しかし、それはそれとして【剣】でしか不可能ならばこんな事を伝える筈がないという確信を持ってのハクアからの問いに、ユニが何気ない様子で肯定した事によって食後の運動、もとい下限の再設定へと取り掛かる3人を見て。
(負けてられない……仮にも私、リーダーなんだから!)
シェルトもまた、決意を新たにしていたのだった──。
(……などと、思い上がっているのでしょうね。 全く──)
(──そのような徒労、誰にも望まれていないというのに)