狩人講習:1日目・戦力、戦法の確認 (下)
転職してもらう、ユニは確かにそう言った。
言葉の響きとしては至ってシンプルだし、それに必要な時間もMPも心構えもユニからすれば些末なものでしかない。
しかし、シェルトたちからすればどうだろうか。
虹の橋への憧れから狩人になったというのに、それぞれが憧れたメンバーと違う職業になれというのは酷な話であり。
いくら尊敬すべき【最強の最弱職】からの命令といえど、できる事なら拒否したいというのが本音ではあったようで。
「そ、それは流石に横暴ではありませんの……?」
「そうっすよ! 自分らだって生半可な気持ちで狩人になった訳じゃ、この職業を選んだ訳じゃないんすから!」
「で、できれば、このままがいいな、って……」
……そう主張する3人の視線は明らかに揺らいでいる。
ユニを真っ直ぐ見ているかと思えば、そうではないとも取れる何とも曖昧な視線の動きを、ユニは見逃さなかった。
その視線の先に共通して、シェルトが居る事も。
ユニは溜息をついた後、細長い人差し指を唇に当て。
「──君たちの狩人情報文書を見た」
「「「ッ!!」」」
「なるほど、自覚はあるんだね」
「「「……ッ」」」
「どういう、事ですか……?」
全員を沈黙させたかと思えば、十中八九シェルト以外にのみ伝わるだろう一言を放った瞬間、3人の目が一斉に見開かれた事でユニが全てを悟る中、シェルトだけが何も解らぬまま狼狽えていても構う事なくユニは少女たちの方へと歩み寄り。
「君たちにも、取捨選択の自由はあるよ。 どうする?」
「「「……」」」
「あ、貴女たち……?」
そして明らかにシェルト以外の核心を突くようなユニからの問いかけに、だんまりとしてしまった3人を案じるようにシェルトが手を伸ばしかけていた、まさにその時。
「……転職、するっす。 いや、させてくださいっす」
「私からもお頼みしますわ。 どうか、この通り……」
「お願い、します……ッ」
「な……!?」
意を決した様子の3人が一様に頭を下げてユニからの命令にも近い要求を受け入れると口にした瞬間、困惑と混乱の感情に支配されていたシェルトの表情へ一気に異なる2つの感情が混じり始める。
それは誰の目から見ても明らかな、〝怒気〟と〝失望〟。
「ど、どうして……! どうしてそんな事を言うの!? どうしてこんな提案を受け入れてしまうの!? 確かにユニ様はこの世界の誰より素晴らしい最高の狩人よ! けれど、だからって何でもかんでも聞き入れればいいって訳じゃ──」
シェルトが憧れているのは、虹の橋と【最強の最弱職】。
シェルトが目指すのは、〝虹の橋のようなパーティー〟。
それを目指す為に必須なのはリーダーである転職士と、メンバーとなる聖騎士と忍者と賢者、要は今の自分たち4人。
1人でも転職してしまった時点で、シェルトが目指す理想のパーティーとは大きくかけ離れてしまうというのに、あろう事か全員に転職を強制し、あまつさえそれを受け入れてしまうなど何を考えているのか──というのがシェルトの主張だったが。
「──お嬢」
「ッ」
「自分は〝【極彩色の神風】って呼ばれる忍者〟に憧れてる訳じゃないんす、〝【極彩色の神風】って呼ばれる狩人〟に憧れてるんすよ。 そしてそれは、2人も同じ気持ちなんす」
「職業は、関係ないって言いたいの……?」
そんな熱弁を遮ったのは、この中では最も身分が低く言葉遣いも丁寧とは言えないハクアであり、ハクアはハヤテという狩人個人に、ハーパーはトリスという狩人個人に、そしてシェイはクロマという狩人個人に憧れているのであって、シェルトの言う通り職業にまで囚われている訳ではなく。
4人であればいい、そう主張するハクアと同意見なのかという疑念を込めたシェルトの視線に、2人は無言で首肯する。
そんな3人を見遣ったシェルトの熱は一気に冷めていき。
(私、馬鹿みたいじゃない……)
自分1人だけが〝理想の形〟を夢想していた事に、そして何よりも3人の方が〝未来〟を見据えた選択をしている事に慚愧の念に堪えなくなってしまい、どちらが正しいかなどもはや考えるまでもなく。
「……ユニ様。 転職については、お任せします。 ただ、3人はともかく転職士を最初に選んだ私はどうすれば──」
何かを諦めたように、或いは覚悟したように当初の要求であった〝メンバー全員の転職〟を実行してもらおうとしたが。
「大丈夫、転職するのは君以外の3人だから」
「えっ」
「さぁ、始めようか。 念の為に言っておくけど──」
実際に転職する事になるのは、ユニと同じく最初に転職士を選んだばかりに転職のしようがないシェルト以外の3人だったようで、その素っ気ない言葉に唖然とするシェルトをよそにユニは3人が整列している方へと手を伸ばし。
「──かなり苦しいよ」
「「「え──」」」
何気なくそう呟きつつ、その手に魔力を込めた瞬間。
「「「──う"ッ!?」」」
「!? み、皆……!?」
おそらくは【転換術:転職】を発動して基本職に切り換えさせられた上で、今日の午後か明日以降にでもレベリングに勤しんでからユニが望む合成職を解禁するのだろうと高を括っていた3人が一斉に跪き、それを見たシェルトはすぐに駆け寄っていくと。
「ゆ、ユニ様!? これは一体……!?」
どうやら3人は立ち続ける事はおろか、まともに呼吸する事も難しいほどの苦痛か何かに見舞われているらしいと気づき、何をしたのかとユニを問い詰めたところ。
「【増強術:躍進】。 強化術師の覚醒型技能だよ」
「覚醒型技能……!?」
発動したのは、よもやの覚醒型技能だったと判明した。
通常、覚醒型技能とは全ての職業や武装に4つずつ存在する随時発動型技能の中から無作為に1つ、つまり1種の職業や武装につき4種の覚醒型技能が存在する訳なのだが。
強化術師の場合、少し事情が異なり。
何と強化術師のみ、4つの随時発動型技能のどれが覚醒しても必ず【増強術:躍進】が発現するようになっている。
何故かは解らない、これも神の気まぐれなのだ。
そして覚醒型技能の例に漏れず【|増強術:躍進】にも看過できない欠陥があり、EXPを得る事でしか上げられない筈のLvを上昇させる代償として、そのLvへ到達する為に積む筈だった研鑽や歳月が〝痛み〟となって襲う事になる。
まさに今、3人を苛んでいる苦痛がそれだ。
しかし幸か不幸か、この痛みで命を落とす事はない。
ただ、死ぬほど辛く苦しいだけ。
「う、うぅ……な、内臓まで筋肉痛になったみたいな……」
「筋肉痛どころじゃありませんわよ、この痛み……!」
「引きこもりには厳しい、です……ッ」
その証拠に三十分弱ほど後、1度たりとも気を失う事さえ許されないまま苦しみ続けながらも何とか耐え抜き、その身体に傷こそなくとも内側から全身を作り替えられたような痛みは未だ引かぬらしく、がくがくと身体を震わせつつも意識だけはどうにか保っているという満身創痍な3人へ。
「少し休んだら、新しい職業を試そうか。 相手は、さっきと全く同じ人造竜化生物。 戦うのは君たち3人、いいね?」
「「「は、はい……」」」
相も変わらず感情を見せない微笑みとともに、何とも無慈悲な要求を告げるユニへの反論などできよう筈もなく、この数分後には幾度となく〝調整〟と称された土塊との戦いに、ハクアたち3人は身を投じる事になる──。
(……あれ? 私は?)