死霊との約束
黄金の橋との契約を終えた時点で、まだ昼過ぎ。
いや、ちょうど間食に適した時間と言うべきか。
その事もあってか、ユニは今──。
「お待たせしました。 〝ドラグブレンド〟と〝ドラグフロート〟、それから〝3種のフルーツ盛りだくさんパフェ 〜レーズンたっぷりスコーンを添えて〜〟となります」
「ありがとう」
『さーんきゅ☆』
「は、はいッ! どうぞ、ごゆっくり……!」
元々長身のユニよりも更に背の高い、それこそトリスと同じくらいの長身とプロポーションを誇る謎の美女とともに、この王都で1番人気のお洒落なカフェで向かい合う形で談笑しており。
コーヒーとクリームソーダ、そして長ったらしい名前の綺麗で大きなパフェを運んできた女性店員に2人揃って礼を告げ、店員が頬を染めつつ頭を下げて早足に戻っていく一方。
『ねーねー見てよコレ! めっちゃ映えてない!?』
「そうだね」
『もー! ゆにぴチルすぎー!』
「ちる……?」
謎の美女はどこからか取り出したと見られる謎の端末でカシャカシャと色々な角度でパフェを撮影し、それを見せつけてくる美女のしつこさにユニが冷めた対応をする中、『ほぅ』と温かな息をこぼしたユニは撮影を終えてパフェに手をつけ始めた美女を見遣りつつ。
「……あの店員さんも、君が〝冥界のNo.2〟だなんて夢にも思ってなかっただろうね──聞いてる? テクトリカ」
『んゅ? あー、ひょうかもねー』
「あぁもう、頬張ったまま喋らなくていいから」
目の前で子供のように、もしくは小動物のようにパフェを口いっぱいに頬張る美女を、どこかで聞き覚えのある名前で呼ぶユニの声に、その美女は『もきゅもきゅ』と音を立てつつ反応を示し、それを見ていられなくなったユニはまたも呆れたように溜息をつくに留まる。
……そう、この美女の正体はテクトリカ。
通常、天使や悪魔や死霊といった三界の存在がドラグリアの物質や物体への恒久的な物理的干渉を可能とする為には、それらを召喚した人間が用意する〝依代〟に取り憑かせる必要があり、そうして初めて飲食や生物との触れ合いが可能となるのだが。
天界、魔界、冥界のNo.2ともなれば依代を用意する必要もなく、それぞれが任意で肉体をドラグリアに──彼女たちが〝地上界〟と呼ぶその世界に適応させ、いつでも、そして望むならばいつまでも受肉し続けていられるのだとか。
……尤も、ユニの従者は3柱で1日ごと3日おきの交代制である為、彼女たちが受肉できるのは3日に1度だけ。
それぞれの世界で忙しなく働いているのだろう事を思えば、こういったガス抜きも必要なのかもしれない。
『んぐ……ってゆーかさ、ゆにぴはコーヒーだけでよかったの? もしかして、あーしだけがペコってた感じ?』
「ぺこ……あぁうん、空腹ではないかな」
『そっかぁ……うーん、でもなぁ』
そんな中、自分は遠慮なくパフェを頼んでいるというのに支払いをするユニがコーヒーしか頼んでいない事にようやく違和感を持ったテクトリカからの問いに、ユニは『ペコる』という一言聞いただけではピンと来ない単語に疑問を抱きつつも素直に応答し。
『よし! はい、ゆにぴ! あーん!』
「……話、聞いてた?」
『だって、これデートなんだよ!? ほら、あーん!』
「……はぁ」
その言葉に嘘はないのだろう事は解っていても、テクトリカの中では今この瞬間もデート中という認識だったらしく、ユニとも美味しさを分かち合いたいのだと言って、パフェの一部を掬い取ったスプーンを向けてくる死霊卿に対し、ユニは溜息をつきつつも観念したように控えめに口を開け。
瑞々しい林檎と甘く滑らかな生クリームを口にする。
ちなみに、この林檎を始めとしてパフェのトッピングに使われている果物は全て、ユニがドラグハートに寄与した果樹型の迷宮宝具、ユグドラシルから収穫されたものである為、巡り巡って発見者の口に入ったと考えると中々感慨深く──。
『どぉ? ヤバくない?』
「ヤバいかどうかは知らないけど……まぁ、美味しいよ」
『んふふ、だよねー!』
──……思うような事はなく、そもそもそんな隙もなく顔を覗き込んできた笑顔のテクトリカへ『美味しくはあった』と真顔で返し、それを本音だと見抜いた彼女さ嬉しそうに微笑み返してまたパフェを摘み始める。
こういう平穏無事な日があってもいいとは思う。
……いいとは思うが、ユニの本質は〝夢追い人〟。
本来なら1秒たりとも無駄にしたくはないし、この時間もレベリングに費やしてしまいたいのが本音ではあるのだ。
それを察してか、そうでないかはともかくとして。
『そういえばさぁ、ゆにぴ』
「ん?」
『何でおけぴしたの? あの……何とかっていうヤツ』
「……は?」
またしても要領の得ない単語を交え、おまけに正式な名称も不明瞭なままの〝何か〟についてを問うてきたテクトリカに一瞬きょとんとしてしまったユニだったが、すぐさま気を取り直して2秒ほど思考を巡らせた結果。
「あー……はいはい、そういう事ね。 私が嚮導役を引き受けたのは、あのパーティーに興味が湧いたからだよ」
『興味? 何それ、聞きたい聞きたい!』
おけぴとは了承の意、何とかとは狩人講習の事だと理解した上で、つまりは何故あの4人をたった1週間とはいえ導く事にしたのかと問いかけていたのだろうと判断したユニは、ただ単に興味があるからだと告げて話を終わらせんとしたが。
己の夢以外に興味を向ける事が稀なユニに、あの4人の何が作用して興味を惹くに至ったのかという事が気になって仕方がない様子のテクトリカに、ユニは飲み終えたコーヒーのカップをそっと置きつつ。
「私も狩人情報文書や彼の話を聞いた時点では半信半疑だったけどね、【通商術:鑑定】で直に見て確信したんだ。 今回の狩人講習の結果によっては、あの4人──」
「──虹の橋と同じ末路を辿るかも、ってね」
誰もを魅了する妖しい笑みを浮かべて、そう告げた。