ファンガじゃん
セリオスは、『ふぅ』と胸を撫で下ろしていた。
お願いという体ならば引き受けてもらえるだろうと思っていた為、頑なに拒絶された時は流石の彼も肝が冷えたようだが、それでも何とか受け入れてもらえた事に安堵していた。
目の前の竜狩人が恐ろしくて仕方ないというのもあるだろうものの、セリオスが真に安堵した理由はそれではない。
実は彼、ユニが渋々ながらも嚮導役を引き受けてくれる事を前提として、すでに黄金の橋の4人を協会へ招いており。
もしも本当に断られてしまっていたら、より一層の圧力がセリオス個人のみならず国内全ての竜狩人協会へかかっていただろう事は想像に難くないがゆえの心からの安堵だった。
そして今、2人は協会総帥室を退出し──。
「こちらに待機していただいています」
「気が進まないな」
「そう仰らずに、ここは1つ……」
相も変わらず無表情のまま、やはり不服だという思い自体は変え難かったらしく誰に聞かせるでもない不満を口にするユニを何とか宥めすかして、案内した先にある扉を前にしたセリオスが3回ほどノックし。
「黄金の橋の皆様、【最強の最弱職】をお連れしました」
『『『『──……ッ!?』』』』
「……何? 今の音」
「さぁ……あの、開けてもよろしいですか?」
『しょ、少々お待ちを……ッ!』
中で待機している4人の新米竜狩人へ向け、お目当てのユニを連れて来たと伝えた瞬間、扉の向こうから明らかに何かに慌てているような物音が聞こえてきて。
扉の前で首をかしげるのもそこそこに、セリオスが再び声をかけたところ返ってきたのは『片付けるからちょっと待ってて』という大雑把で見栄っ張りな子供の如き物言いだった。
……成人済みとはいえ、まだ15歳。
憧れの存在を前にするのだ、髪型の1つでも整えたいと思っていても不思議ではない──セリオスはそう判断して、ユニへやんわり説明して待機させる事およそ1分弱。
『お、お待たせいたしました! さぁどうぞ!』
「は、入りましょう」
「……」
夢を叶える為、少しの時間でも無駄にしたくはないユニが更に機嫌を損ねている事を察しながらも、もはや引き返す事などできないセリオスは背後から感じる無言の圧力にも臆す事なく扉を開き。
扉の向こうで整列していた4人の少女を見た瞬間、1番に声を発したのはユニでもセリオスでも4人の少女でもなく。
『うわぉ。 どっかで見た事あるぅ↑』
(確かに……)
そんな少女たちの髪型や髪色、或いは装備を見て、あまりにも強すぎる既視感を覚えてしまったテクトリカであり、その声が聞こえていた唯一の人間であるユニもまた、それについては同意せざるを得なかった。
何しろ少女たちの外見は、あまりにも──。
ユニを含めた元虹の橋の4人のそれに似すぎていたのだ。
もちろん背の高さや装備の質、顔立ちや瞳の色といったどうしようもなかったのだろう部分による差異はあるが、そういった要素を除けば殆ど虹の橋だと言っても過言ではなく。
あまり虹の橋に詳しくなく外見の特徴だけを耳にしている者が彼女たちを遠目に見れば、『あぁ、あれが虹の橋か』と誤認してしまうかもしれない──実際にはそんな事もないのだろうが──と思いかねないくらいにはユニたち4人の要素を含みすぎていた。
ファンクラブの会員たちにも、ユニたちに見た目だけでも近づきたいが為に髪色だの何だのを変える者は居るが、ここまで露骨に寄せてくる者は居なかった筈であり。
……何ならユニは、ちょっと引いていた。
「お、お会いできて光栄です! 私、シェルト=オートマタと申します! この3人は護衛兼パーティーメンバーの──」
そんなユニの心情も知らず、あらかじめ黄金の橋のリーダーであり内務大臣の娘でもあると把握していたシェルトが頭を下げて名乗るとともに。
「〝ハクア=マスキュル〟っす!」
「〝ハーパー=エンカウル〟ですわ!」
「しぇ、〝シェイ=フィーヴュ〟、です……」
「以上4名! 何卒よろしくお願いいたします!」
「……あぁうん、よろしく」
シェルトの護衛でもあるらしい3人の貴族令嬢たちもまた、シェルト同様にこれでもかと瞳を輝かせながら自己紹介し、それが終わると同時に一斉に頭を下げてきた少女たちを見ても、ユニは素っ気なく返事を返すだけ。
ハヤテに似てはいるが背は高い、忍者のハクア。
トリスに似ていても背は低い、聖騎士のハーパー。
クロマに背格好まで似通っている、賢者のシェイ。
そして、4人の中ではあまり憧れの存在に似ているようには見えない、転職士のシェルト──これが、黄金の橋。
そんな4人を目の当たりにしても、どうやらユニの心は全く動いていないらしかったが、それはそれとして。
「あ、あの、ユニ様! 握手していただけたりは……!?」
「……え? まぁ、別にいいけど……」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ……!」
「ず、狡いですわよシェルト様! 私も!」
「自分も! 自分もいいっすか!?」
「ぼ、ボクは、できればサインを……っ」
「……はいはい、ちょっと待ってね」
そんな事など露知らず、あろう事かファンクラブの会員たちよろしく握手だのサインだのを求め始めたシェルトたちに呆れた様子で溜息をこぼしつつも応えてやっているユニを見て。
『なーんだ、ただの〝ファンガ〟じゃん』
(……ふぁんが?)
やはり理解不能な呟きを残すテクトリカなのであった。