嚮導役とは
取り付く島もなくユニが断ろうとしている嚮導役とは何なのかという事を説明するには、養成所や学園を卒業した後、厳しい試験を乗り越え正式に狩人となった者たちが必ず果たさねばならない義務について説明する必要がある。
──〝狩人教習〟。
それは、EランクからSランクに至るまで全ての狩人が経験している筈の、5種類のクエストにおける差異や竜化生物の種族ごとの生態や棲息地、職業や武装をどう選ぶべきかの相談や勘案、学園や養成所では体験できなかった〝国の管理下にない未踏の迷宮〟への挑戦などなどを、およそ1週間ほどかけて学ぶ教習を指し。
それを受ける新米を導く役目を協会側から託された、もしくは新米側から指名された先達の狩人が〝嚮導役〟。
当然、ユニや3人の幼馴染たちも過去に受けている。
ちなみに、その時の嚮導役は『幼い頃からユニを知っている』、『出身地が同じ』、『他の3人についても同様』といった理由からスタッドが担ったのだが、それはさておき。
「……これはドラグハート唯一のSランクパーティーを離散させた貴女への処罰も兼ねているのです。 そんな事は貴女ならば百も承知なのでしょうが……一応、理由を伺っても?」
ユニほど聡明ならば解っていない筈もない、これはユニが犯した大罪を償う為の罰なのだと改めて言い聞かせるとともに、それを理解していてもなお拒否したい正当な理由でもあるのかと念の為に耳を傾けようとしたセリオスに対し。
「私が世界で1番〝嫌いなもの〟──知ってる?」
「……? いえ、寡聞にして……」
唐突に、あまりにも唐突に己が嫌悪するものについて語ろうとするユニに疑問を抱きながらも心当たりのないセリオスが首を横に振るのを見たユニは一呼吸置いてから彼と視線を合わせ。
「──〝貴族〟だよ」
「ッ!?」
「爵位が上か下かなんて関係ない。 〝貴き身分〟とやらに胡座を掻いて、平民を道具とも思わぬ人非人──反吐が出る」
もしも無能であったなら、お前もその1人だった──そう言わんばかりの敵意を乗せて吐き捨てられた短い罵倒は、おそらく己は対象外なのだと解っていてもセリオスを身体の芯から震え上がらせるには充分すぎた。
討伐対象たる竜化生物にさえ向ける事のない、およそ人間が発したものとは思えぬ敵意の根源は、ユニがまだ孤児院で暮らしていた頃の過去にあるのだが──それはまた追々。
……と、ここまで色々言ってみたはいいものの。
「……全ての貴族がそうであるとは一概に言えぬと思いますが……そもそも何故、今そのような事を──」
当然ながらセリオスにも言い分はあり、ドラグハート級の大国にさえユニが言うような腐敗しきった貴族が居るというのは事実でも、セリオスを始めとして真に国の未来を憂いて政に微力を尽くしている貴族も居るのだという事を主張するとともに。
それはともかくとしても、このタイミングで全ての貴族への不遜極まる侮蔑を口にする意図が掴めず、どうしてと問いかけようとしたセリオスに、ユニは『ふっ』と軽く微笑んでから静かにそう呟いた。
「──〝シェルト=オートマタ〟」
「!」
「この転職士、内務大臣の娘だろう?」
「……お気づきでしたか」
そう、以前までのユニと同じくパーティーのリーダーを務めている転職士、シェルトという名の少女の家名は4人の大臣の一角である内務大臣、プレシアの家名と同じもの。
何とプレシア、若く見えても御年33歳の女公爵。
つまり、18の時に産んだ娘だという事になる。
オートマタ家は代々ドラグハートの王族に仕えている家系であり、プレシアは己より先に産まれていた2人の兄を生まれ持った知能と才覚で凌駕し、オートマタ家では史上3人目の女公爵となるとともに内務大臣としての役目をも仰せつかっていて。
当然、自身にとっての長女であるシェルトにも幼い頃から将来的に王族へ仕えさせる事を前提とした厳しい教育の数々を受けさせ、それらを苦戦しつつも乗り越えてきたこの娘にならば後を任せられると期待していた。
……期待、していたのに。
(あろう事か、【最強の最弱職】に憧れてしまった訳だ)
シェルトはよりにもよって虹の橋に、もっと言えばユニの目覚ましい活躍に心惹かれてしまい、そして追い討ちをかけるように転職士の適性がSランクだった事も相まって、ファンクラブへの加入だけでは満足できずに竜狩人を目指してしまったのだという。
プレシアがユニを毛嫌いしている理由が、これだった。
よくも娘を誑かしてくれたな──と。
尤も、こうして正式に竜狩人となってしまったからには1人の母親として娘を応援しない訳にもいかず。
「他の3人もそうさ、オートマタ家ほどじゃないけどそれぞれ有力な貴族だったと記憶してる。 多分、護衛として付ける為に内務大臣が圧でもかけたんじゃないかな?」
ユニの推察通り、オートマタ家よりも下位に位置する国内の有力貴族の中でシェルトと同年代であり、そしてシェルトと同様に虹の橋に憧れを抱いている令嬢を探した結果、都合良く見つかったのがその3人であった。
「……そこまで解っているのなら、お引き受けいただけませんか? 我々は今、2つの権力の板挟みになっているのです」
「2つ?」
……といった内情すら理解しているのなら、セリオスを長とする竜狩人協会そのものが協会総帥たる彼をも難儀する2つの大きな圧力で二律背反な状態にあるという事も解っているのだろう事を前提として頭を下げたが。
その内1つは解っていても、もう1つとなるとピンときていなかったユニが首をかしげた事で、『説明の必要があるらしい』と判断したセリオスは改めて現状を憂うように溜息をこぼし。
「1つは、〝必ず【最強の最弱職】に嚮導役を引き受けさせろ〟という内務大臣からの圧力。 そして、もう1つは──」
まずはユニが思い浮かべていた通りの内務大臣、現オートマタ公爵家当主のプレシアから圧力がかかっているという事実を手元にあった紅茶用の角砂糖を机に置きつつ明らかにし。
その角砂糖が〝圧力をかけてきている勢力〟を指している事をユニが理解している事を前提として、もう1つの角砂糖を摘み取った彼が口にした〝もう1つの勢力と、その目的〟は。
「──……へぇ」
ユニに、確かな興味を抱かせ。
結果、嚮導役を引き受けさせるにまで至った。