対となる迷宮宝具
本気を、見せてくれないか──。
トリスは、確かにそう言った。
先の積乱竜と火口晶の衝撃による爆音のせいで余計に静まり返っていた修練場中に届く、その低い女声でそう言った。
一体どういう意図があっての発言なのだろうか。
今までは、本気ではなかったのだろうか。
本気を出さずとも、勝てたのだろうか。
そこまでの差が、あるのだろうか。
同じ、Sランクなのに──。
「……どういう事かな」
なとなど様々な疑問が観覧客たちの間で浮かび上がり、それらを代表して──……質問するつもりは当然ながら一切ないユニからの問いかけに対し、トリスはまたも一呼吸置いて。
「……なぁ、ユニ。 お前は、たった一度でも私たち3人の前で本気を出して戦った事があるか?」
「ん? んー……あれ、そうだっけ? この前──」
正式に竜狩人となって3年間、養成所時代から数えれば6年間。
決して短いとは言えない時間を共にしてきておいて、ただの一度も本気を見せた事が本当になかったかどうか正直あまり記憶にないユニは『この前』と称し過去の戦いを振り返ろうとして──。
……止めた。
「──……あぁいや、あれは違うな。 ソロの時の話だった」
「ほら! 弊害あんじゃん! 単独行動の!」
「ちょ、ちょっとハヤテ、今は……」
どうやらソロで活動している時はそこそこの本気を出して戦う事も多いらしく、ハヤテに言われた『単独行動が多すぎる』という指摘がこんなところで響いてくるとは思ってもいなかったようだ。
まぁ、そんな3人のいざこざはともかくとして。
「ない筈だ。 少なくとも、お前と共に居た期間が最も長い私でさえ見た事がないんだ。 おそらく2人も同様だろう」
「……まぁ、君が言うならそうなのかもね」
トリスはゆっくりと首を横に振りつつ、養成所より更に前、孤児院時代から考えれば1番長い付き合いである自分がユニの本気を知らぬ以上、2人に聞いても同じ答えが返ってくるだろうと自信ありげに言うものだから、はっきりと覚えてはいないが『多分そうなんだろうな』とユニも適当に頷きつつ『それで?』と先を促す。
「この戦い、おそらく勝っても負けてもお前とは道を違える事になるだろう。 だから、本気を見せてくれ。 お前の本気を知らない私たちが見ても『これこそが』と解る、お前の本当の実力を」
「本気って言われてもなぁ、これ鏡試合だし……」
すると今度は無表情の中に一抹の、ほんの一抹の寂寥感のようなものを漂わせながら、勝敗を問わず別れの時は近いと予見し、だからこそ今回の鏡試合がユニの本気を身を以て体感できる最後の機会となるだろうと確信するトリスとは対照的に、ユニはあまり乗り気ではない様子。
転職士の強みは、あらゆる職業と武装を自在に切り換えられる事だというのに、この鏡試合では僅か3種の職業と6種の武装、合計9種からなる45の技能しか扱えないのだから本気も何もというのがユニの主張であるらしい。
……45、しか?
それだけあれば充分では? と思うかもしれないが。
いつもは22種の職業と15種の武装、合計37種からなる177の技能全てを手足の如く使いこなしているのだから全く以て足りないというのがユニの言い分であるらしい。
「もちろん鏡試合の規則を遵守する事を前提の、だ。 それを破ってしまっては、この戦いの意義を失ってしまうからな」
「……あぁ、そういう事か」
それを知ってか知らずか──いや、おそらく知ったうえでの発言だろう、トリスからの『あくまでも規則の範疇での本気を見せてほしい』という再度の要求に、ユニはようやく得心がいく。
「適当に〝錬成〟した物じゃなく、相応の武具を使えと?」
「そうだ、少なくともこの──」
つまるところ、魔術師と商人を派生元とした中・後衛の合成職である〝錬金術師〟の技能、【黄金術:武装】にて『どうせ今日しか使わないし』と大雑把に錬成した武具などではなく──。
「──〝イージス〟に匹敵する迷宮宝具を所望する」
「「「ッ!?」」」
トリス自身が鏡試合の最初から、そして普段の活動の際も肌身離さず装備している純白の刃にも成り得る両盾、イージスという名の迷宮宝具と矛を交えるに相応しい武具をと乞い願うトリスの発言に。
……ではなく、イージスの変異に観覧客たちは目を剥いた。
「右の盾が槍に……! んで左の盾は、ありゃ大砲か!?」
そう。
右の盾がトリス自身の丈と同じほどの鋭利な長槍に、そして左の盾が大きな砲身と砲口を携えた大砲に変化したのだから驚かざるを得ないだろう。
かつてはドラグリア中に存在したと云われる神々の遺物、或いは神々の遺骸そのものが武器や防具、装飾品や器具として結晶化したものだと囁かれる迷宮宝具ならば、そういう性能を持っていてもおかしい話ではないのだが、それでもだ。
「なるほど、それで……」
「ん? 何がっすか?」
Aランクまで上り詰めてもトリスの装備については別に明るくなかったらしい武闘家が驚きを露わにする一方、同じパーティーに居ても商人は何やら得心がいったとばかりに1人で何かに納得しており、たまたま隣に座っていた為にそれを耳にした盗賊が問いかけたところ。
「……おかしいと思ってたんですよ。 トリスさんは誰がどう見たって両盾しか装備してないのに、どうして槍と銃が? って」
「あぁ確かに、追加するだけ損っすもんね。 ユニさんが使える技能が増えるだけなんすから」
「けれど、あれなら……1つの武装で3種の技能を扱えるのなら話は別だ。 流石Sランク、あんな迷宮宝具を持ってるなんて……」
どうやら彼は、この鏡試合の最初に公開されたトリスの武装の中に、何故おそらく使いもしない槍と銃が入っているのかと、盗賊の言う通りユニの手札を増やすだけなのではという疑問を抱いていたらしかったが、イージスの存在1つで疑問は全て吹き飛んだ。
実を言うと迷宮宝具にもF〜Sまでのランクがあり、これが高ければ高いほど優れた性能を持っているのはもちろんの事、高ければ高いほど扱うどころか手にする事も難しくなっていくのだという。
迷宮宝具自身が、所有者を選んでいるのだ。
それゆえ、彼の【通商術:鑑定】に『Sランク』と映るそれを承伏させているトリスはやはり、凄まじいまでの強者なのだろうと改めて思い知らされていたようだが──……まぁ、それはさておき。
「いいよ。 本気、見せてあげよう」
「……それは、何よりだ」
ユニは、トリスの要求を呑んだ。
長年の付き合いからか、トリスに譲るつもりがない事を理解したのだろう。
「スタッドさん。 一瞬、商人になってもいいかな。 トリスご所望の迷宮宝具、取り出さなきゃいけないからさ」
「あぁ、そんくらいなら構やしねぇよ」
「どうも。 それじゃあ──【通商術:倉庫】」
その為にも、【通商術:倉庫】と呼ばれる商人の技能を発動させて亜空間から迷宮宝具を取り出さねばならず、鏡試合の途中だけど転職していいかなと立会人のスタッドに確認し、あっさりと承認された事でユニはさっそく両手の先の空間に穴を開け、そこから──。
「……何だ、それは……ッ」
──取り出された〝何か〟に、トリスは警戒を一気に強める。
彼女は聖騎士、迷宮宝具のランクを見極める力は持たないが。
間違いなく、Sランクではある筈だ。
だが──……あれは何だ?
トリスには、判断がつかないでいた。
武器でも防具でも装飾品でもない、何か。
強いて言うなら、それは──。
「ねぇ、トリス。 君のイージスにもう1つの名前があるって知ってる?」
「もう、1つ……?」
そんな困惑が解消されぬまま、ユニは突然トリス自身が装備しているイージスに、もう1つの名がある事を知っているかと、この世界における神話を知っていれば答えられるだろう質問を投げかけ。
もちろんトリスは神話くらい養成所時代どころかその前から把握していたが、だから何だという思いの方が強く、その真意に気づかない。
「これは、ハヤテの言う単独行動をしてる時に見つけた迷宮宝具でね。 君のイージスと同じく、3つの形態を持ってるんだ」
「イージスと、同じ──……っ、まさか」
それでもユニは構う事なく、さもトリスをユニ自身が望む答えに導くように話を続け、『イージスと同じ』、『3つの形態』、『もう1つの名前』という要素を受けてか、トリスはようやく全てを察した。
この世界における主神の装備とも、その主神が娘となる女神に与えた防具とも云われる、その迷宮宝具の名を──。
「さぁ、始めようか──〝アイギス〟」
まるで8枚の大翼が如くユニを中心として浮かび上がる、ユニ自身の髪と同じ銀色の鋭く尖った8つの巨大な水晶の名を、そう告げた。
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