手渡された資料
セリオスは、ユニを嫌悪しているわけではない。
むしろ、この国の誰より彼女を畏怖しているまである。
協会総帥の座に就くより以前、当時のドラグハートで活動していたBランク竜狩人の中では随一と言っていい程度には優秀な〝魔剣士〟であった彼は、されど決してAランクには到達する事なく現役を退き。
とある公爵家の次男だった事による生家からの強い後押しや、セリオス自身が数年間で身につけたリーダーとしての統率力や事務処理能力、何より己が凡百の域を出ないと自覚しているからこそ真なる強者の見極めが可能な〝炯眼〟が決定打となって次期協会総帥に推薦されたという過去がある。
つまり何が言いたいのかいうと──。
セリオスの炯眼を通して見るユニは、それまでの彼が出会った事のある様々な強者たちが子供に、そうでなくとも素人に思えてしまうほどの怪物でしかなく。
余裕ぶってはいるが、はっきり言って──怖いのだ。
それこそユニが喚び出した2匹の突然変異種、ブランとノワールに目もくれず真横を通り抜けられるくらいには、ユニの方をこそ絶対なる脅威だと感じていたのだ。
そして、ユニもまたそれを看破している。
彼が本質的にユニを恐怖の対象として見ている事を。
しかし、だからといって彼を脅したりはしない。
意味も意義もないからというのもそうだが、セリオスが優秀だからという単純明快な理由以上に、ユニ自身が内在的に彼を気に入っているからというのが大きい。
Sランク昇格試験の際、現場に居合わせた殆どの者は『女王陛下が認めているなら試験など受けさせるまでもない、形式的なものだけで良いだろう』と半ば阿るような姿勢を見せていたのに対し。
セリオスだけは根源的な恐怖から来る全身を襲う震えや肌の粟立ちを堪え、『Sランク程度に収めておく器ではない』と女王相手に主張し続けていた事をユニは知っており。
己の才のなさを自覚しながらも、己を遥かに超える強者たちに阿る姿勢を決して見せない彼の姿は、ユニからすれば中々珍しく、そして好意的に映っていたらしい。
……まぁ、とはいえ彼も〝比較的マシな凡人〟止まり。
お願いは聞いても、命令は受けない。
ユニにとって、その程度の存在でしかないのは確か。
もちろんセリオスもまたその事を理解しており、今回ばかりはあちらに非があると解っていたからユニを相手に怯えながらも出頭命令を下せたし──。
「こちらの照覧を、お願いいただけますか?」
「ん? これは──」
お願いと称し、その4枚の〝資料〟も手渡せたのだ。
「──〝狩人情報文書〟?」
その資料──ユニが〝狩人情報文書〟と呼んだ4枚の紙面には、とある4人の少女たちの顔写真と竜狩人として活動する上で協会へ包み隠さず明かす必要のある個人情報が詳らかに記載されており。
「えぇ、とある4人組のパーティーの物です」
「これを見ろ、と?」
「そうなりますね」
「ふぅん? まぁいいけど」
その4人が1組のパーティーであるという事実だけを伝え、その内容を確認してみてほしいとお願いしてくるセリオスに、『守秘義務なかったっけ』と思いながらも特に言及する事はなくユニは資料に目を通す。
1人目、Cランクの忍者。
適性はA、Lvは32。
2人目、Cランクの聖騎士。
適性はB、Lvは29。
3人目、Cランクの賢者。
適性はB、Lvは31。
そして4人目、Cランクの──転職士。
適性はS、Lvは35。
学園を卒業後、結成して間もないCランクパーティー。
結成して間もないのに4人全員がソロとしてもCランクに昇格している時点で優秀である事は疑いようもなく、それに加えて4人中3人が合成職を解禁して転職、残る転職士も複数の合成職を解禁済みという盤石な構成となっており。
将来有望なパーティーなのは間違いないが、それよりも。
ユニは、この資料を一目見た時から気づいていた。
そして、とある感情を抱いてもいた。
それは、あまりに強く鬱陶しいくらいの──〝既視感〟。
「このパーティー、もしかして……」
「お気づきですか」
「流石にね」
もしかしてとは呟きつつも半ば確信していたユニへ掛けられたセリオスが次に口にしたのは、あまりにも想定通りなセリフだった。
「お察しの通り、この4人は貴女に──いえ、正確に言えば虹の橋に憧れてパーティーを組んでいるのです」