協会総帥の本音
その後、落ち着きを取り戻したエントランスを後にして。
「改めて、お越しいただき感謝します。 【最強の最弱職】」
〝協会総帥室〟と呼ばれる、協会長室よりも更に豪華な造りの部屋にユニを招いたセリオスはソファーに腰掛けたまま、まさしく来賓をもてなすような慇懃さで以て頭を下げてみせたのだが。
「はは、よく言えたもんだね。 そんな心にもない事」
「……?」
当のユニから返ってきたのは、ともすれば嘲りとも捉えられかねない乾いた笑いを浮かべるユニからの返答であり、〝心にもない〟とはどういう事かと怪訝な表情を見せたセリオスに対し。
「知ってるよ? 協会総帥の身で行使可能なあらゆる権限で以て、意地でも私をSランクにさせまいとしてた事くらい」
「……」
ユニはただ静かに、セリオスの痛いところを突いた。
実は2年前、王命により王都へ招聘されたユニがSランクへの昇格を果たす為の試験を受ける際に、とある1人の男が当時すでに女王の座に就いていたヴァリアンテに食ってかからんとするほどの勢いと権限、或いは権力を行使して、ユニの昇格試験を妨害しようとした者が確かに居て。
そして、そのとある男が当時すでに協会総帥の座に就いていたセリオスであるという事を、ユニは知っていたのだ。
加えて言えば、何故セリオスが子供でも解るような愚行を、それこそ【万の頂に座す王】を敵に回しかねないような愚行を犯してでもユニの昇格を阻もうとしたのかも、ユニには察しがついており。
「〝432〟。 これが何を指す数字かご存知ですか」
「さぁ?」
「……ッ」
意を決した様子のセリオスが俯いたまま呟いた何らかの数字についても、おおよそ見当はついている筈なのに白を切ろうとするユニに、とうとう苛立ちにも似た負の感情を抱きかけたセリオスだったが、すぐさま気を取り直すべく長めに息をついた後。
「貴女がSランクへの昇格を果たしてからの2年間、ドラグハートで狩人となって最初に転職士を選んだばかりに命を落とした新米の数ですよ。 【最強の最弱職】」
静かなる覇気とともに、その数の意味を告げる。
そう、432人もの〝狩人になりたかった者たち〟の未来は最弱職たるユニがユニにしか不可能な活躍を見せ、そんなユニに憧れてしまったが為に閉ざされてしまっていたのだ。
もちろん、その中にはユニがどうとか関係なく転職士を選んだ末に殉死した者たちも居ようが、ほんの1割程度だろう。
そして真に恐るべきは、この数がドラグハートという国1つのみで計測されたものだという事であり、もしも世界規模で計測されていたとしたら一体どれほどの犠牲者が──。
「そんなもんなんだ、もっと居ると思ってたよ」
「……他人事のように言いますね」
それを解っているからなのか、そうでないからなのかは定かでないが、予想より少ない数を提示された事による拍子抜けといった具合のユニからの返答に、いよいよ低くなってきた声音で以て〝元凶〟とも言うべき目の前のSランクを責めるセリオス。
しかしユニはきょとんとした表情を浮かべつつ、まるで己を元凶であるかのように──まるでも何も実際そうなのだが──責めてくるセリオスに対し。
「それ、私が悪いの? その新米たちは私に憧れたにせよそうでないにせよ、それぞれの自由意志に従って転職士を選んだんだろう? 協会の職員たちが、『考え直した方がいい』って心からの善意で説得するのも振り切って。 違う?」
「それは……ッ」
「竜も首も問わない〝狩人の不文律〟、協会総帥ともあろう者が忘れたとは言わせないよ」
ユニが言うところの不文律、〝狩人の全ては自己責任、何があろうと自業自得〟に従うのなら、432人が転職士を選んだ事も、ユニに憧れた事も全ては自己責任であり、その末に命を落とした事も全ては自業自得である筈だと突きつけるとともに。
「そもそもさ、セリオス。 君が私をSランクにさせたくなかったのは、それとはまた別の事情があっての事だろう?」
「……えぇ、そうです。 その通りですよ」
そもそもの前提として、ユニが察していた〝セリオスがユニの昇格を阻もうとしていた理由〟には432の犠牲以外にもあるという事さえユニは看破していたらしく、〝別の事情〟と不明瞭にこそしつつも内情の把握は済ませているのだろうと理解したセリオスは観念したように深い溜息をこぼしつつ。
「私はどうしても貴女をSランクに昇格させたくはなかったのです。 何しろ貴女の才は、Sランク程度に収まる器ではない。 この広い世界にたった1人しか存在する事を許されない〝超越者の証〟を持って生まれた──」
まるで、Sランクという〝覇者の証〟を持って生まれた者すらも下に見るかのような物言いで、あろう事かユニを持ち上げ始めた彼は、それこそ己の地位や命を二の次としても彼自身が口にした、この広い世界においても数えるくらいしか知り得る者が居ない〝証〟──つまり、ランクをユニが持っている事を示唆する。
その、〝超越者〟とまで称されるランクの正体は──。
「──〝EXランク〟の転職士なのですから」