〝白〟と〝黒〟とを従えて
ユニの【|召命術:竜化《サモンドラゴン】によって召喚された──というより今まさに召喚されようとしている白と黒の竜化生物を、とうとう視界に映してしまった輩たち。
「な、んだよ、コレ……ッ」
ここまでよく保ったと言うべきか、ついに膝から崩れ落ちるようにして尻餅をつきつつ、もはや意識を失い楽になる事さえ許されぬほどの圧倒的な覇気を前に、そう呟く事しかできないでいた彼らに対し。
「見れば解るだろう? 向かって左が白色変異種で──」
まるで来訪者に街を案内するかのような口ぶりで以て、白い方はユニ自身も少し前に戦った個体と同種の突然変異種であると明かしつつ、その驚愕の事実に驚く暇さえ与えぬまま視線を動かし。
「右が〝黒色変異種〟。 どちらも突然変異種だよ」
「「……ッ!!」」
約100万分の1、白色変異種と同じ超低確率で地上や迷宮を問わず出現する可能性がある漆黒の突然変異種、〝黒色変異種〟こそが左側の亜空間から眼を覗かせている竜化生物の正体であると明かす。
白色変異種については、もはや説明の必要もなかろうが。
もう片方の種については解説せねばならないだろう。
──〝黒色変異種〟。
それは、総身が〝純白〟に彩られた白色変異種とは対照的に角の先から尾の先に至るまでの全てが〝漆黒〟に彩られた突然変異種の一角にして、白色変異種と並ぶ最強種の事を指す。
そして当然ではあるが、この種も突然変異種の例に漏れず白色変異種のそれにも劣らぬ〝特殊な能力〟を持つ。
その能力とは──〝圧倒的な身体能力〟。
……そんなものは全ての竜化生物が当たり前に持っているのでは? と思われる事だろうが、決してそうではない。
例えば、ユニが喚び出した個体は突然変異種でありながら迷宮を護る者でもあるという正真正銘の最強個体であり、もしも地上にてその塔のような尾を振り回そうものなら。
見上げねばならぬほどの山地が、一瞬で平地へと変貌し。
小国1つ程度であれば、そこで生きていた者たちの命ごと無惨に刈り取って、ただの更地にしてしまうだろう事は疑いようもなく。
一言で言えば、〝肉体の強さの次元〟が違うのだ。
別の何かと比較する事からして間違っているのだ。
もしも、この2匹が地上にて本気でぶつかり合ったら。
ユニと肩を並べるSランクの狩人たちが総出で止めに入らない限り、この世界は瞬く間に滅びの一途を辿るだろう。
しかし、しかしだ。
そんな事は、さしたる問題ではない。
……問題じゃない訳はないのだが、それ以上に。
ユニがこの2匹と契約を交わしているという事実は。
ユニが2匹を殺さずして討ち倒し、〝召喚主〟として認められるだけの実力を示してみせたという事の証明となる。
かたや溜息のような浅い息吹1つで、かたや身動ぎ程度の尾の薙ぎ払い1つで国を滅ぼしてしまえる絶対強者を〝単独〟で凌駕してみせたという事の証明となってしまう。
「〝ブラン〟、〝ノワール〟。 勝手に喚んどいて何だけど静かにしててくれるかい? 〝餌〟は後であげるからさ」
『『……』』
(突然変異種が、頭を下げた……!?)
(どっちが化け物だよ……!!)
その証明に追い討ちをかけたのは他でもないユニ自身であり、もはや〝生物兵器〟と称して差し支えない2匹に名付けを行うばかりか、それに不満を示す事もなく恭しい態度で首を垂れる最強種たちの姿に、いよいよ輩たちの意識が遠のきかける中。
……彼らは、気づいてしまった。
気づかなくてもいい事に、気づいてしまった。
それは、ユニが何気なく口にした──。
((というか──……〝餌〟?))
〝餌〟、という言葉に。
彼らは、気づきたくなかった。
気づくべきではなかった。
その言葉が指しているものが──。
「そう、君たちの事だよ」
「「ッ!?」」
他でもない、自分たちである事を。
自分たちは【最強の最弱職】を相手に喧嘩を売った。
絶対に勝てない相手に、ともすれば理不尽極まりないと言える理由で無謀な喧嘩を売ったと今さらながら理解した。
だが、もう全てが遅い。
「腹の足しにもならないだろうけど、いいよね?」
『WHII』
『LACK』
「「あ、あぁぁ……」」
〝触らぬ竜に祟りなし〟、とはよく言ったもの。
下手に触れれば、こうなるぞ──と。
ここに居合わせた者たちに、そして居合わせていない者たちに見せつける為。
「よし、それじゃあ──」
一歩、また一歩と絶望の足音を響かせていたその時。
「──そこまでにしてもらえますか、【最強の最弱職】」
「「「ッ!!」」」
ユニの足音とは別の、カツンという小気味良い足音を響かせながら階段を降りてきた1人の壮年男性に全員の注目が集まる中、ユニはあっさりと彼の正体を口にする事となる。
そう、とても竜狩人を統括する立場にあるとは思えないほど高級そうなスーツを召したその黒髪オールバックの男性は、これでもかと呆れた様子で溜息をこぼしつつ片眼鏡を光らせながらエントランスに居る全員を見下ろしており。
「随分な重役出勤じゃないか──〝協会総帥〟」
「……貴女の前では、この誉れ高き地位も霞みますがね」
内心どうかはともかくブランにもノワールにも怯えているような態度を見せない彼こそが、協会総帥だと明かした。