示威と呼ぶには、あまりにも
そもそも、〝示威〟とは何か──。
それは〝ある集団が意思や要求を通す為、一定以上の武威を示す事〟であり、早い話がデモンストレーションである。
しかし、ユニは見ての通り1人。
立場が逆であるならまだしも、それを示威行為と言うには頭数が足りていないのではないかと思うかもしれないが。
そんな事は、何の問題にもならない。
足りないのなら、補えばいいのだから。
血走った眼でユニを睨みつけながら特攻する輩たちに。
好奇心からか彼らを止めようともしない狩人たちに。
マニュアル外の事態を見守る事しかできない職員たちに。
そして、何より──。
分不相応にも自分を呼びつけ、そして今この瞬間も部下に動向を見張らせ続けている〝あの男〟に見せつける為に。
ユニは、〝武威〟を示すべくMPを消費する。
ともすれば過剰にも思えるほどのMPを。
それこそ、あの白色変異種との戦闘での消費量と大差ないほどのMPを込めた何らかの技能を発動しようとしこそすれ、そこに一切の予備動作もない凛とした直立不動を見せるユニに対し。
「冥界で見ててくだせえよ兄貴ィ! 【刀操術:雲耀】!!」
「【斧操術:丸鋸】!! 死に晒せやァ!!」
かたや大刀を振り上げながらの渾身の一撃を、かたや巨斧を柄を中心に高速回転させた両刃による残忍な一撃を、憎き竜狩人へと見舞うべく特攻しながら技能を発動させた瞬間。
「【召命術:──」
(ッ、召喚士の……!!)
(させるかッ!!)
ユニもまた、召喚士の技能にて何かをこの場へ喚び出そうとしている事に双方ともに気づいたが、何を喚び出すにしても相手が【最強の最弱職】である以上、何を喚び出されるのも不都合だと判断して速度を上げようとしたのも束の間。
「──竜化】」
「!? おい室内で──」
よりにもよってユニが選択したのは、この広いとは言い切れない屋内での【召命術:竜化】、早い話が〝使用者が契約を交わした竜化生物の召喚〟であり、まさか今ここに居る全員を巻き込むほどの息吹でも放出させるつもりかと身構えたのだが──。
「「──……?」」
……何も、起こらなかった。
自分たちはもちろんの事、狩人たちや職員たち、そしてユニにも目立って変化がない事を見た彼らは緊張の糸を解き。
(ふ、不発……? 何だよ、ビビらせやがって──)
あの【最強の最弱職】が技能の発動に失敗なんてするのか──と懐疑的にこそなりかけたが、ユニとて結局は1人の人間であるのだから、そういう事もあるのだろうと安堵するような、そして嘲るような笑みを浮かべた。
まさに、その瞬間──。
「「──ッ!?」」
2人は、ほぼ同時に全く同じ〝気配〟を悟った。
突如、背後に現れた〝何か〟が放つ異様な気配を。
彼らがこれまで、そしてこれからも、ユニと対峙さえしなければ遭遇しなかっただろう圧倒的な〝何か〟の気配を。
しかも、その〝何か〟は1つではない。
ほぼ同じ圧力を纏う〝何か〟が、もう1つ背後に居る。
振り向けば、それらが何なのかは解るのだろう。
だが、彼らは振り向かない。
……否、振り向けない。
指1本すら満足に動かす事ができない。
呼吸できているのも奇跡だった。
今、立っていられるのは偶然の産物に過ぎない。
ほんの少しでも気を抜けば最後、腰を抜かすどころか情けないなどと思う間もなく意識を失ってしまうだろう。
そして、それは彼らだけの症状ではない。
「「「あ、あぁぁ……ッ」」」
「「「……ッ」」」
彼らの背後に現れた〝何か〟を、彼らとは違い視界に捉えてしまっていた狩人たちは、なまじ中途半端に優秀であるがゆえに一瞬で彼我の実力差を理解して半ば〝生の可能性〟を放棄し。
職員たちに至っては、その殆どが一瞬で崩れるように意識を手放すか、そうでなくとも言語能力を失うほどに呆然とする他ない状態にまで陥ってしまっており。
視界に捉えられている分だけいっそマシだと楽観的に解釈するべきか、映ってしまっているからこその惨劇だと悲観的に解釈するべきかは見解が分かれるところであろうが。
そんな事は、もう些細な問題でしかない。
何しろ、意を決して──というより、ユニの無言の圧力に負ける形で振り向く事を強いられた彼らの視界の先で。
『──WHIIIIIIIITE……』
『──BLAAAAAAAACK……』
「「ひ、ひぃ……ッ!?」」
かたや右方には、白真珠が如き純白の巨眼が。
かたや左方には、黒瑪瑙が如き漆黒の巨眼が。
今にも空間の壁を突き破らんとする甲高い破砕音と、底冷えするような低い唸り声をエントランス中に響かせながら。
……〝餌〟を見る眼で彼らを見つめていたのだから。