竜狩人協会、総本部
各国の主要な都市や比較的規模の大きな町や村などに必ず1つは存在する国営機関──〝竜狩人協会〟。
この世界──〝ドラグリア〟が〝竜化世界〟であるがゆえなのか、はたまたSランクの竜狩人たちが持つ並外れた強さゆえなのか、それぞれの協会が持つ影響力や発言力は町や村の長はもちろんの事、場合によっては貴族にさえ匹敵し。
それもまた、竜狩人と首狩人の間にある軋轢の原因の1つである事は言うまでもないが──それはそれとして。
そんな竜狩人協会の総本部たる建造物を前に。
「ここも変わり映えしないなぁ」
畏敬の念も何もあったものではなく、ほんの少しの情緒や懐古さえも感じさせぬ抑揚のない声で見上げるユニ。
まぁ、情緒も懐古も何もユニが総本部を訪れるのはSランク昇格の際の試験を受けに来て以来というだけである為、大した思い入れもないのだから無感情となるのも当然と言えば当然なのだが。
『ねーねー、ゆにぴ! なるはやで終わらせちゃってさ、その後スイーツ巡りしよーよ! 王都っていうくらいだし、パフェとかマカロンとかマリトッツォとかあるよね! マジ卍!』
「……時間があったらね。 さ、行こうか」
そんなユニとは対照的に、本人が言うところの〝テンアゲ〟な状態で、あの小さな町では成し得なかったスイーツ巡りとやらをプマホ片手に提案してくるテクトリカをユニは軽くあしらう。
……別に甘味が嫌いというわけではないが、じゃあ甘味の摂取が彼女の〝夢〟に関係あるのかというとそんなわけもない為、素っ気ない態度で会話を終わらせにかかったようだ。
そして今、ユニ以外の目には見えない冥界のNo.2を引き連れて竜狩人協会総本部の扉を開いた、その瞬間。
こぢんまりとしたトータスの協会とは違い、ともすれば気品すら感じさせるエントランスに屯していた数多くの竜狩人や職員たちがガヤガヤとクエストや武装の話をしたり、迷宮や競合他社の情報交換をしたりしていた、そんな空間が。
「「「……?」」」
一瞬にして、奇妙な静けさに支配され。
それと同時にほぼ全員が、1つの疑問を抱かされていた。
……何が起こった? という共通の疑問を。
どうして自分たちは一様に沈黙したのだろうか。
どうして一斉に得物へ手を伸ばしたのだろうか。
何をそんなに警戒しているのだろうか。
そして何より──。
どうして全員が同じ方を向いているのだろうか。
その疑問は、すぐに解消される事となる。
「「「……ッ!?」」」
凛とした姿勢でエントランスへと入って来た、見る者次第ではは美丈夫とも美少女ともとれる、その中性的な竜狩人の存在によって。
「お、おいアレ……【最強の最弱職】じゃねぇか……!?」
「痴話喧嘩が原因で離脱したっていう、あの……?」
「そういや、あの荒くれ者を制圧したのは【最強の最弱職】だとか虹の橋ファンクラブの奴らが噂してたが……ここに居るって事は真実だったのか……?」
「Sランク最強の竜狩人……初めて生で見ました……」
異様な雰囲気に包まれたエントランスを、あくまでも態度や表情を崩す事なく歩いていく姿に、ある者がその正体を小声で呟くやいなや、ざわざわと伝播するように困惑と動揺が広がっていく。
……無理もないだろう。
ドラグハートに籍を置いているという自体は把握していても、ユニはたった10人しか居ないSランク狩人の1人であり。
総本部に出入りしている事もあってか最低でもBランクという優秀な狩人たちが集まっていても、その優秀さが霞んでしまうほどの絶対的な強さと影響力を持つ存在なのだから。
しかし、そんな彼らでもユニに話しかけようとはしない。
いや、むしろ彼らだからこそ話しかける事はしない。
Bランク以上の中堅ともなると、もはや竜化生物と同等か僅かに届かない程度の〝危機管理能力〟を獲得しており、そんな彼らの脳内では今、内側から鼓膜を突き破らんとするほどに警報が鳴り響いていた。
──近寄るな、と。
だが、その警報は誰しもに備わっているわけではない。
狩人たちは、ユニに道を譲った。
職員たちは、ユニに頭を下げた。
だとしたら、一体どこの誰が──。
「──やっと見つけたぞクソ野郎ッ!!」
「え?」
「「「〜〜……ッ!?」」」
ユニの歩みを遮るだけでは飽き足らず、蚊帳の外の狩人たちや職員たちの方が慄くような物言いをするというのか。
……まぁ、当のユニはポカンとしていたが。