内務大臣が聞き損ねた事
その後、査定を終えた3つの迷宮宝具を宝具庫へと保管したのを見届けたユニが返答が来るより早く踵を返しつつ。
「さて、もう行っていいかな? 竜狩人協会から出頭命令を受けててね、早く向かうに越した事はないだろうし」
「せやろな。 そんじゃあ、これで──」
ここに来たのはついでだという事を隠す事も悪びれる事もせずに明かす一方で、どちらが重要かなどとは語る意味も意義もないとばかりの当たり障りのないウェルスの返答を最後に、ようやく宝具庫での所用が終わるかと思われたその時。
「──待ちなさい、【最強の最弱職】」
「ん?」
これまでにないほどの真剣味を帯びた声音で以て呼び止められた事により、ユニが歩みを止めて振り返ると。
そんな彼女の視線の先には、これまでにないほどの真剣味を帯びた表情でこちらを見つめるファシネの姿があって。
「これから聞く事には何の確証もないけれど──」
そんな表情や声音から繰り出されるとは思えない、どうにも確信とまではいってなさそうな問いかけをしようとする外務大臣に、ユニが黙って二の句を待っていたところ。
「──貴女なんでしょ? 警視総監、殺したの」
ファシネの口から飛び出したのは、あろう事かドラグハートの警察官全てを統括する立場にある1人の人間を、ユニが殺してしまったのだろうという決めつけにも似た詰問であった。
警察官とは、言うまでもなく〝正義の味方〟。
その内の1人を殺めたというだけでも罪は重いというのに、そんな彼らの統括者である警視総監を殺めてしまったとなれば、その罪の重さは計り知れない。
たとえ、警視総監その人が汚職に塗れていたとしても。
(もうちょいマシな聞き方もあるやろうに……)
それを解っていたからこそ、ウェルスは隠そうともせず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまっていた。
もちろん、ウェルスもそう思ってはいる。
ユニが警視総監を、先代国王の実弟を殺害したのだと。
死亡時刻は昨日の夕方。
遺体は腰から上が完全に消失、両腕は千切れ飛び、腰掛けていたと見られる椅子は血塗れとなり、その背後に位置する壁には成人男性1人が屈んで初めて潜り抜けられるだろうかというくらいの綺麗な穴が穿たれていた。
そして、死因は──……〝不明〟。
そう、いつ亡くなったのかという事は解っていても、どうやって亡くなったのかという事は1日経っても不明のまま。
解っているのは、〝死亡現場付近で強大な魔力の発生が確認された〟という事だけであり、45°の角度で空へと立ち昇りながら消えていく〝純白の光線〟の目撃情報が王都内の各地から上がっている事からも。
おそらく〝何者かが放ったと見られる純白の光線に貫かれ、回避や抵抗という選択をする暇さえ与えられずに消し飛んだ〟のだろうというのが警察官たちが出した結論である。
その為、正確には死因が不明なのではなく。
彼を殺した〝容疑者〟が不明というのが正しい。
……しかし、誰がそんな芸当を可能とするのか。
先代国王の実弟であった警視総監は何も兄のコネ1つだけでその地位に就いた訳ではなく、汚職に塗れていたのは事実でも1人の警察官としての実力は非常に高く優秀で。
多くの竜騎兵や警察官が迷宮攻略で斃れた今、彼の殺害を成し得るほどの実力を持つ者は必然的に限られてくる。
具体的に言えば、可能なのは4人。
竜騎兵団の長、アズール。
軍務大臣、サベージ=コンバット。
女王陛下、ヴァリアンテ=ドラグハート。
そして、我らが【最強の最弱職】。
この内2人は死亡時刻に迷宮攻略を、残りの2人は公務に勤しんでいた為、双方のアリバイが成立している状況だった。
……迷宮破壊完了の仔細な報告が上がるまでは。
「現場付近での唐突な魔力の発生、目撃された純白の光線、迷宮で出現した白色変異種、そして貴女が商人でもあるという事実。 考えられる事はそう多くないわよ」
「……」
ファシネが羅列していった証拠の数々は全て物的なものではなかったものの、それを否定するに足るだけの反論材料がユニの手にないというのもまた事実。
ファシネの方が優勢と思われたが、しかし。
(ほんまに解っとんかファシネはん……相手は黄金竜の世代の1人、【最強の最弱職】……最強の竜狩人やぞ……!)
その一部始終を見聞きしていたウェルスはもはや気が気でなく、ユニがSランクの竜狩人であるという事をファシネが忘れているのか、それとも高揚感から気にならなくなっているのかは定かでなくとも、このまま放置しておくと大変な事になるのは目に見えており。
「……そうだ、と言ったら私を捕らえるのかい?」
「〜〜ッ! と、当然──」
そんなウェルスの苦悩も束の間、殆ど自白と言っても過言ではない言い草で首をかしげたユニに苛立ち、いよいよとばかりにファシネが豊満な胸の谷間にしまっておいたらしい携帯用の小銃を取り出そうとした、まさにその瞬間。
「その辺にしときや、ファシネはん。 ユニはんも、あんまウチの外務大臣イジメんでもらえると助かるんやけど」
「ッ、ウェルス……!」
ファシネの手にあった筈の小銃を片手に、ウェルスが両者を宥めるべく柔和な笑みと声音で割って入ってきた。
財務大臣ウェルス=マイザリーは、首狩人協会に所属するAランクの商人でもあり、【通商術:転送】の入口から伸ばした手で出口にあるファシネの小銃を掠め取ったようだ。
「はは、ごめんよ。 その代わり、もう行っていい?」
「えぇよ、後ん事は任せときや」
それを当然の如く見抜いていたユニは、もちろん撃ち合っても楽勝で勝てる相手ではあるが彼が有能な人材である事は解り切っていた為、突っかかってこないなら始末する理由もないとばかりに改めて踵を返し、ウェルスもまたそんなユニを見送った。
「……ウェルス、どうして止めたの? プレシアも言ってたじゃない、『どれだけ腐敗していても、あれが公人であった事実は変わらない。 罪には然るべき罰を』って……」
「……」
その後、ユニが完全に2人の視界から消えた辺りで声を発したファシネからの、さも責めるような物言いにウェルスは深い溜息をこぼすのみ。
そう、あの時プレシアが聞き損ねた事こそ〝ユニが警視総監を殺害したかもしれない〟という疑いへの詰問だった。
しかし、しかしだ。
「〝触らぬ竜に祟りなし〟や、ファシネはん。 ボクが止めへんかったら多分、殺されはせんでも似たような事にはなってた思うし。 清濁併せ呑むんも大臣の務めやで」
「……ッ、解った、解ったわよ……」
人の領域を踏み外し、竜の領域さえも飛び越えているユニを敵に回すくらいなら、『警察官の膿を排出できた』と好意的に捉えた方が身の為だと珍しく真剣な表情で説得してくるウェルスに、ファシネは渋々ながら納得するしかなかった。
(……まぁ、ほんまに害しはせぇへんかったやろうけど)
尤も、ウェルスが考えている通りユニが実際にファシネや自分を手に掛かる事はないだろうと思っていた事もまた事実。
ユニにとって、自分たちなど路傍の石に過ぎないから。