本気を見せてくれないか
間違いなく、積乱竜はハヤテに直撃した。
誰しもが、そう確信していた。
暴風と轟雷が入り混じる積乱雲が如き息吹の中で、音速の衝撃をもしなかやかに受け流すハヤテの細く柔軟な身体は、まるで粘ついた真っ赤な液体とともに攪拌機へ投入され、ハヤテだったのかどうかも判別できぬ流動性食材のように粉々になっている筈だと。
一部を除いた誰しもが、その凄惨極まる結果を予見していた。
だが、しかし。
「!! お、おい! あそこッ!!」
「「「!?」」」
ユニとハヤテが発動した合成忍術による蜃気楼やら水蒸気やら黒雲やらが晴れていく中、次第に明瞭になっていく観覧客たちの視界に飛び込んできたのは。
「──……っく、は……っ!」
「は……ッ! ハヤテちゃあぁああああん!!」
「「「うおぉおおおおッ!!」」」
融解、或いは崩壊した地面から少し後方で片膝をついて荒くなった息を整えているハヤテの姿だった。
……そう。
誰の目にも、ちゃんとハヤテだと解る姿でそこに居た。
粉々どころか五体満足──……否、五体満足どころか音の壁をも何なく通過する柔肌にも、とにかく動き易さを重視した身軽な装備にも、ユニが身に着けているのを真似して身に着け始めた首元の長めなスカーフにさえ、ほんの少しの傷すらついていなかった。
もちろん彼女の得物である爪や刀も健在だ。
敢えて挙げるなら、ユニに絞められた首にくっきりと付いた指の跡くらいのものか。
「な、何で無事なんだ!? あれほどの規模と威力で……!!」
「また一瞬で入れ替わったのか? いやでも……」
「そうだ、入れ替えられる分身は居なかったぞ!?」
またしても【忍法術:離魂】と位置を入れ替える事で回避したのかと考えた者も居たが、いくらハヤテが技能の発動さえ凄まじく速いといっても、『技能を発動させ』、『分身を安全地帯に生み出し』、『位置を入れ替える』といった3つの行程を1つ残らず見逃したとも思えず。
「一体どういう──……ッ!? お、おいあれを見ろ!!」
「「「!!」」」
徐々に修練場から完全に視界の邪魔になる要因の数々が晴れていき、ハヤテやユニ以外の姿も明瞭に見えてきた辺りで──……観客の1人が、その異常に気がついた。
その声と、その声の主が指差す方へと観客たちが一斉に視線を向けたところ、そこに居たのはいつの間にか魔術師が扱う攻撃・防御・支援の魔術、神官が扱う回復の魔術の良いとこ取りをしたような賢者の汎用系技能、【賢才術:万能】にて結界を展開していたクロマと。
そして、何より観客たちの目を惹いたのは──。
「ど、どうしてトリス様の鎧や盾に傷跡が……!?」
「何でだ、トリスちゃんは何も……!!」
そう、そんなクロマの少し前方に威風堂々とまさしく盾役のように立ちはだかりながらにして、その純白の全身鎧に火・土・風・雷の4属性による夥しい衝撃の痕跡を残しつつも兜の下で端正な無表情を貫いている聖騎士、トリスの異質な姿だった。
ハヤテが合成忍術を発動させようとした時点で、まず間違いなく巻き添えを食わぬ位置まで素早く後退していた筈だというのに。
しかし、そんな疑問を抱いているのは何も知らぬ一般人だけ。
「……なるほど、そういう事でしたか」
「えぇ、あれは──」
自分たちは全員が全員、基本職に就いて久しいとはいえ合成職についても当然ながら知識は有しており、それを確認する為べく商人と魔術師が半ば確信したうえで視線を向けた相手、自分たちよりも遥かに強く、その強さに裏付けられた知識と知恵をも併せ持つ狩人は。
「聖騎士の技能、【護聖術:仁王】。 味方と定めた者が受ける全てのダメージを己のHP・DEF・MNDで肩代わりする防御系技能だな」
リューゲルは、トリスが人知れず発動していた技能であるところの【護聖術:仁王】、使用者の魔力圏内に存在する全ての味方が負う筈だったダメージを一手に引き受ける防御系技能の詳細を語る。
当然、彼は気づいていた5人のうちの1人であり。
「戦士の技能、【戦闘術:庇護】のほぼ上位互換。 それを歴代最硬の聖騎士なんていわれてるあの娘が使うなんて反則もいいとこよねぇ」
「上位、互換……確かに、僕にあのような芸当は……」
彼と同じくSランクの首狩人かつ、気づいていたうちの1人でもあるフェノミアの言った戦士の技能、【戦闘術:庇護】はまさしく先の技能の下位互換であり──消費するMPが違う為、完全な下位互換というわけではないが──それを誰より自覚していた者、そして気づいていた者の1人でもあった戦士は悔しげに己の不甲斐なさを呪う。
それを正面から否定できるほど、まだ己は優秀ではないと知っていたから。
尤も、そもそも職業が違うのだから気にする必要もないのだが。
「……それだけではありませんね」
「お、気づいたか」
「流石は最後の希望、優秀ね」
「え、どういう事っすか?」
そんな中、4人目であり最後の希望でもある神官──ちなみに5人目は審判気取りの協会長──が口にした、それだけではない、まだ隠している何かがあると見抜いたうえでの言葉に、リューゲルとフェノミアが素直に彼女の洞察力を評価する一方、きょとんとしていた盗賊からの問いに。
「それは──っと、どうやら動きがあるみてぇだぜ」
答えようとしたリューゲルの視界の端で、虹の橋に何らかの動きがあると映った為に会話は一旦の終わりを迎え、それに釣られるようにして白の羽衣も全員が戦場へと視線を戻す。
「……解り切っていた事だろう、ハヤテ。 お前のSPDはユニには通用しない。 合成忍術と【忍法術:離魂】による撹乱と援護、中衛としての働きに専念しろと何度も忠告した筈だ」
「っ、だけど……!」
「普段通りに。 いいな?」
「……解ったわよっ」
そこでは、まだ息を整え切れていないハヤテに対して静かに、しかし容赦なく叱りつけるような形で指示を出すトリスというやりとりが繰り広げられており、ハヤテは明らかにトリスの指示出しに納得がいっていない様子だったが、それでも強制的に頷かされた。
無理もないだろう。
ユニとハヤテの間に覆す事のできない実力差があるように。
トリスとハヤテの間にも越えようのない壁があるのだから。
「クロマは──……合図を出すまで、そのまま続けてくれ」
「……うん、任せて」
一方、クロマへの指示は何とも簡素な一言で終わった。
先程の結界とは違う、おそらく鏡試合開始直後から発動し続けている何かを持続させろという指示なのだろうと、神官を除く白の羽衣が。
その何かとやらの正体まで見抜いたうえで、『いかにもトリスらしい指示だ』と神官と碧の杜の2人が、それぞれ理解を示す中。
「やっぱり君が前衛の方がしっくりくるよ、トリス」
「それは何よりだ──……なぁ、ユニ」
「ん?」
指示を出し終えて前に出てきたトリスに対し、やはり誰よりも前衛が、そして盾役が似合うと心から褒めるユニの言葉にも薄い反応しか示さぬまま。
わざわざ前衛に出てきて臨戦態勢まで整えておいて、まだ何か自分に話しかけてこようとしてくる聖騎士に首をかしげるユニへ向けて、トリスは改めて精神を集中させつつ一呼吸置いてから──。
「本気を、見せてくれないか」
静かに、されど確かにそう告げた。
『よかった!』、『続きが気になる!』と少しでも思っていただけたら、ぜひぜひ評価をよろしくお願いします!
↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてもらえると! 凄く、すっごく嬉しいです!