差し出した3つの宝具
ユニが差し出す事にした、3つの迷宮宝具を語る前に。
かつてユニが寄与、或いは貸与した事のある迷宮宝具の中でも、たったの数年でドラグハートを世界一の大国にまで押し上げるに至った、いくつかの迷宮宝具を紹介しよう。
ユニが初めて迷宮へ潜ったのは、実に5年も前の事。
同じ孤児院で育った幼馴染とともに養成所への入所を果たしてからというもの、〝成績優秀者の単位免除〟という制度を4人全員が享受できたのを良い事に、仮の認識票を手に暇さえあれば国の管理下にある迷宮へ挑んでいたユニたち。
もちろん、その頃からユニは頻繁に単独で迷宮攻略へ向かう機会も多く、それに比例するように所有する迷宮宝具の数も4人の中で最も多くなっていって──。
そこで、ふと気がついた。
要らないもの、嵩張るものは国に渡してしまおう──と。
ユニの【通商術:倉庫】の容量も無限ではない。
ならば無意味に容量を食う迷宮宝具を寄与すれば更に他の迷宮宝具を手に入れる際に余裕ができるし、ドラグハートとしても〝国力の増強〟や〝交渉材料の獲得〟の好機である事は疑いようもなく。
まさにWin-Winな妙案であった。
その中でも特に人智を超えていたのは、以下の4つ。
飲料・洗浄・冷却といったあらゆる場面にいつでもどこでも何度でも利用できる清潔な水を、決して涸れる事なく湧き出させ続ける無窮の水源──〝ウルザルブルン〟。
この世界に自生する種類はもちろん、異なる世界に自生していると見られる新種まで、酸いも甘いも食べ比べられる多様な果実を実らせ続ける永久なる果樹──〝ユグドラシル〟。
どれだけ遠く離れていようと、それこそ世界の反対側であろうとも片方が〝親機〟を、もう片方が〝子機〟を有してさえいれば音声のみならず映像すらも届けられる拡散する通信媒体──〝ウアジェト〟。
生物が装備すれば風を切って空を舞う雄大なる翼に、非生物に搭載すれば如何なる質量を持っていても天まで舞い上がり、それでいて竜化生物を寄せ付けない仕組みさえ併せ持つ飛翔機構になる比翼の動力──〝イカロス〟。
それらは、ドラグハートどころかドラグリアというこの広い世界そのものの時代や文明を数十年、下手をすれば数百年単位で加速させたと言っても過言ではなく。
……その4つを寄与、貸与し終えた辺りからだろうか。
ドラグハートが、1人の竜狩人を注視し始めたのは。
そして何より──警戒し始めたのは。
そんな【最強の最弱職】が差し出す迷宮宝具ともなると、ドラグハートへの対応に慣れている隣国のみならず、いつもは隣国の動向を見てから動き出す諸外国も重い腰を上げる事は目に見えており。
無駄に高まった期待に応えるべくユニが差し出したのは。
独特の匂いの芳香を焚き、煙が収まるまでの間、死者との対話が可能となる反魂の薫香──〝ハンフィンシア〟。
MPが空でも、ページを捲れば伯爵位までの悪魔を対価ありきで喚び出せる召魔の邪典──〝グリモワール〟。
組み込んだ装飾品を身につけた者を人災や天災を問わず、あらゆる災禍から護る破邪の宝玉──〝アダーストーン〟。
以上、Sランクの迷宮宝具3つであった。
「……中々ね、てっきり渋ってくると思ってたのだけれど」
「時間の無駄だからね」
「……あっそ」
そんな3つの迷宮宝具の査定中、持ち前の審美眼で吟味していたファシネからの嫌味にも笑みを崩さず『非生産的なやりとりだ』とバッサリ切って捨てるユニに、いっそ清々しさすら覚える一方。
「こない有用なモン、ほんまに貰うてえぇの? ユニはんの活動に役立ちそうなんも何個かありそうやと思うんやけど」
大まかな査定を終えた時点でさえ否が応でも有用さを理解させられていたウェルスは、それこそ今回の淡水迷宮の攻略にも使えたかもしれないほどの一品である筈なのに寄与していいのかと親切心から問うたものの。
「技能でいいからね、その3つは」
「あー、さよか……」
ユニからしてみても有用である事に違いはないが、それらは全て技能でも再現できる程度の有用さでしかなく。
事実、ハンフィンシアは【神秘術:蘇生】などで、グリモワールは【召命術:天魔】で、そしてアダーストーンはあらゆる防御系技能で代用可能。
いくらSランクの迷宮宝具であっても無用の長物だった。
それを短い返答から察したウェルスは査定に戻り、しばらくルーペを片手に3つの迷宮宝具を食い入るように眺めたり実際に使用感を確かめてみたりと吟味していたが。
「うん、えぇんやない? これなら他所も欲しがるやろ」
「でしょうね、じゃあ寄与の手続きをしましょう」
「はいはい、っと」
流石に先の4つには劣りこそすれ、この3つならば諸外国が国庫の紐を緩めてでも貸与を望む可能性は充分にあると踏んで押収するに足る価値があると太鼓判を捺した事により、ユニの王城での所用は正式に終わりを迎えたのであった。