女王と死霊の仲裁を
かたや、その細腕からは考えられないほどの膂力を有するヴァリアンテが振り回しても壊れない強度を誇る戦鉾槍。
かたや、この世界に存在しない〝プネウマフォン〟──テクトリカは〝プマホ〟と略している──という名の通信機器。
その2つの得物を両方とも、ユニは片手で止めてみせた。
戦鉾槍は人差し指と中指で挟み込むように。
プマホは親指以外の4本で液晶の部分を覆うように。
そして、ユニは1つ浅めの溜息をこぼしてから。
「君の方が何億年も歳上だろう? 大人気ないよテクトリカ」
どちらに原因があるかと問われれば、まず間違いなく先に煽った方だろうと判断して右を向き、比喩でも誇張でもなく億単位の年長者であるところの死霊卿を20にも満たない人間が叱ったはいいが。
『ゆにぴ! 女の子に年齢の話しちゃいけないんだよ!』
「女の子って……はいはい、解ったから静かにしてて」
『むー!』
そんなテクトリカの口から飛び出したのは、どちらが17歳なのか解らなくなるほどに幼稚かつ人間臭い反論であり、すっかり毒気を抜かれてしまったユニが呆れというより疲れを前面に押し出して『黙れ』と突きつけ、どう見ても納得していない様子のテクトリカからユニは視線を外しつつ。
「ごめんね、他の2柱はここまでじゃないんだけど」
こちらにも原因がないとは言わないが、どちらかと言えば被害者側だろうヴァリアンテに対し、『ここまでじゃない』という事は『似たり寄ったり』と言っているのと同じだと理解した上で素直に謝罪の意を示したところ。
「他の2柱……天界と魔界の次席か?」
「よく解ったね」
「……解るなという方が無理だろう」
ユニの言葉の裏にある真意を見抜いたからか、それとも力を入れ 続けているのに欠片ほども戦鉾槍を動かせない事に不甲斐なさを覚えているからか、いかにも不機嫌な表情や声音とともに他2柱の存在を半ば確信しているかのように問いかけてきたヴァリアンテ。
そんな女王からの問いに、ユニは割と素直に驚きやら称賛やらを込めた言葉をかけたのだが、ここまで言われてここまで見せつけられて、それを『察するな』と言うのかとヴァリアンテは先程のユニと同じく呆れたように溜息をつき、ようやく戦鉾槍を押し込む為に入れていた万力が如き力を抜く。
同時にユニもそれを察してパッと指を離し、反対側のテクトリカにも目線だけで『じっとしてて』と命じつつプマホから指を離し、ようやく自由になった両手をぷらぷらと振った後。
「それで? ここに私を呼び出したのは、いくら何でも……何だっけ──……あぁそうだ、〝ユニ成分〟? とやらを摂取したいからってだけじゃないよね?」
「……そう、だ」
そもそもヴァリアンテが己を私室へ呼び出すのはこれが初めてで はなく、これまでの呼び出しについても聞いた事もなければ存在すらしない謎の栄養素を摂取する為だけでなく、事の重要さに大小こそあれど他にも何らかの所用があった為、今回もそうなのだろうという事を前提として確認するかのように問いかけたのだが。
『マ〜? ねぇねぇゆにぴ、今ちょっと間ぁ空い──』
ヴァリアンテから返ってきたのは何とも歯切れの悪い、それこそ返答と呼ぶのも憚られるような3文字の〝音〟でしかなく、それを隙ありと捉えたのかどうかはともかく、またしてもヴァリアンテを煽り散らかそうと試みたテクトリカに対し。
「テクトリカ」
『……りょ』
たった5文字。
しかも静かに、ただ名前を呼んだだけだというのにテクトリカはバツが悪そうに空中で膝を抱えて黙りこんでしまった。
このやりとりだけでも、所詮1人の人間でしかないユニと冥界のNo.2である筈の両者との力関係が解るというもの。
必然、ユニとヴァリアンテの力関係も。
そのどちらも、ユニの圧勝であるという事実が──。
それを改めて、そして否が応にも理解させられた身にしてはあまり悔しがっているようには見えないヴァリアンテは、1人と1柱のやりとりがちょうど終わった辺りのタイミングを見計らい。
「邪魔がなければ、これを真っ先に見せるつもりでいた」
「ん? これは……」
あくまでも『邪魔は貴様の方だ』という主張こそ譲らぬものの、その激情を心の底に沈めて女王としての貌と威厳を前面に押し出しつつ、懐から何かを取り出してユニへ差し出す。
それは、1枚の便箋だった。
一見、少し高級な紙を使っているというだけの便箋。
しかし、普通の便箋とは違うところが1ヶ所だけあった。
それは──〝封蝋〟。
色や大きさは普通のものと大差ないが。
重要なのは、〝刻印〟。
まるで、〝竜の爪〟を模ったようなその印を刻んだのは。
「竜狩人協会の出頭命令書だ。 【最強の最弱職】宛のな」