女王と狩人
翌日、与えられた部屋で快適な睡眠を貪ったユニは。
「……今日はどれくらいかかるかなぁ」
彼女としては珍しい憂鬱げな表情で、そう呟きながら。
女王陛下その人が待つ扉の前に立っていた。
その扉は会議室のものよりも遥かに地味な造りではあったが、その代わり途轍もなく重く頑丈な造りとなっているらしく、それこそ迷宮個体でも易々とは破れぬようになっているのだとか。
……え、それでいいのか? と。
……じゃあ人間の力だと開かないのでは? と。
その疑問も尤もではあるが、実は全く問題ない。
何しろ部屋の主は迷宮個体より遥かに強く、それこそ迷宮を護る者を単独で討伐してしまえるほどの猛者なのだから。
……ハッキリ言ってしまうと。
今回、王都全体を騒がせる事となったあの淡水迷宮の主も女王1人で討伐し、その核を壊す事自体も不可能ではなく。
あわや3桁まで届きかねないほどの人的被害を出す必要など、どこにもなかったと言ってしまえばそれまでなのだが。
仮にも彼女は一国の王。
そう簡単に玉座を離れる訳にはいかないのである。
たとえ王都の、延いては国の有事であっても。
否、有事であればこそ。
そこに舞い込んできたのが、虹の橋が起こした騒動。
そして、【最強の最弱職】の離脱だったのだ。
(絶好の機会だったんだろうね、君たちにとっても──)
ユニが思っている通り、ここに居を構えている大臣や王侯貴族たちからすると僥倖も僥倖、今回の件に対する処罰という形で【最強の最弱職】へ丸投げすれば全て解決する筈だと結論づけたのだろうが。
(──私にとっても)
僥倖というなら、それはユニにとっても同じ事。
お陰で白色変異種を討てたのだから。
元より軒並み高水準だったせいで上がりにくくなっていた職業や武装のLvも、あの戦いを経て随分と上がってくれたのだから。
安寧を得た王都の民と、莫大なEXPを得たユニ。
どちらの方がより僥倖だったかと問われれば。
……いや、やめておこう。
比較する事そのものが間違いな気がするし──。
──……閑話休題。
「来たよ、ヴァリアンテ。 入っていいかな?」
コンコン、というよりカンカンという金属を叩くが如き甲高い音を立てて扉をノックし、その扉の向こうで待っているのだろう女王に対して相も変わらぬ呼び捨てで声をかけたところ、すぐさまとは言えない3秒ほどの静寂の後。
『……1人か?』
返ってきたのは、〝是〟でも〝非〟でもない質問返し。
まぁ入るなとは言われてないし、そもそもユニを呼びつけたのは女王陛下その人なのだから断られる訳もないのだが、『入っていいか』という問いかけと全く関係のない問い返しに、これといって苛立つ事もなくただ溜息をこぼすだけのユニ。
「いっつもそうでしょ」
『ならば良い、入れ』
何せ前に呼びつけられた時もそうだったし、もっと言えばその前も同じだった筈だと呆れたように告げた事により、ようやく許可を出した女王からの返答を受け、ユニは重々しい扉を技能も何もない指の力だけで軽々と開いて中に入り。
「さっさと閉めろ、施錠も怠るんじゃないぞ」
「解ってるって、それもいつもの事じゃんか」
その1つ1つの動作は決して緩慢でもなかったが、まるで何かを待ち切れないでいる子供のように急かしてくる女王に、ますます面倒臭そうな雰囲気を漂わせつつも言われた通りに扉を閉めて鍵もかけ。
「……本当に、他には誰も居ないな? 目も耳もないな?」
「間者までは面倒見切れないけど、大丈夫じゃない?」
他に誰も居ない事を、そして女王の言う目や耳──もといユニの言う間者の存在もおそらくないだろう事を念を押すように問うてきた女王に対し、いよいよ返事が適当になってきたユニだったが。
「そうか、ならば──……なら、ば……ッ」
その素っ気なさに理不尽な怒りを覚える事もなければ、そもそも適当だとも思っていない様子の女王は、どういう感情からかふるふると身体を震わせながらも腰掛けていた高級そうな椅子から緩やかに立ち上がったかと思えば──。
「〜〜ッ! ユニぃ!! 寂しかったよぉおお!!」
「……あぁはいはい、よしよしっと」
あろう事か、その整った表情を玉のような涙と赤らんだ頬で彩らせた上に、ユニよりも僅かに背が高く、そして細く引き締まった筋肉質な身体でユニに抱きつくのみならず。
まるで、しばらく親元から離れていたがゆえに寂寥感でいっぱいだった子供が如く甘え始めた女王に対し、ユニはそれを諌めるでも引き剥がすでもなく、ただただ無感情にあやしていた。
(……半日程度じゃ済まないかもなぁ)
女王と狩人の間に過去、何があったのだろうか──?