脱出、淡水迷宮
その後、ヴァーバルの弔いと迷宮核の破壊を終えた2人と1匹は崩れゆく迷宮から脱出する為、崩壊していく棲家に混乱する迷宮を彷徨う者たちを押し除けていき。
『──ユニ殿! 間もなく扉がある位置まで到達します!』
『了解。 えーっと……あぁ、あったあった』
彼我の実力差すら解らなくなるほどに錯乱して歯向かってくる個体を薙ぎ倒しながら進んでいた時、迷宮の出入口である扉があった位置まで到達しかけている事を聞いたユニは、ごそごそと懐から手の平サイズの水晶を取り出し。
『あー、あー、聞こえる? 鍵、開けてくれるかな』
『は……はッ! 承知いたしました!!』
あらかじめ設定しておいた魔力の波長を有する人間との通信のみを可能とする下級魔術、【伝達】を込めたアークを起動して扉の外で待機しているアズールの部下へ開錠をと頼んだ。
……アズールの部下宛てなのにユニが連絡している事に疑問を持つかもしれないが、これは単に最も生き残る可能性が高いのがユニだからというだけの話である。
『開錠、完了です! タイミングはお任せしますので!』
『ありがとう。 突っ込むから気をつけてね』
『りょ、了解しました!』
そして開錠の報せが届くやいなや、その扉を破壊する勢いで脱出するからと抑揚のない声で告げられた事で余計に真剣味を感じた竜騎兵がアークの向こうで見えもしない敬礼を返す中。
『あれ、もういいの? まだ残ってるみたいだよ』
『……うるさい、もうお腹いっぱいなのよ』
『そう? ならいいけど』
いつの間にか並走──並泳?──するところまで追いついてきて完全に万全な状態へと回復した姿を見せていたアシュタルテに対して『もったいなくない?』と問いかけてきたユニに、ただただ拗ねた子供のように唇を尖らせるアシュタルテ。
ちなみに、そんなアシュタルテの声や姿はもうアズールやシエルには見えなくなっており、このやりとりもアズールたちからすれば〝ユニの独り言〟でしかないのだが。
『崩壊が終われば迷宮を閉ざす為の扉や鍵は不要。 壊しても後で直せばいいし、とにかく思い切りいくよ。 いいね?』
『はッ! 行くぞシエル!』
『CURUAAAA……ッ!!』
その独り言を終えたユニからの改まった忠告に、アズールはもちろんシエルも更に【騎行術:神風】へ魔力を込めていく。
扉があった位置の水中に走る一筋の光を目指し、その先にある外界へと抜け出すべく、2人と1匹と1柱は加速していき。
「──ぷはっ」
「ッく、はぁッ!」
『SHIAAAAッ!!』
「「おぉ……ッ!!」」
ユニ、アシュタルテ──は見えていないが──アズール、シエルの順番で堅牢な扉を突き破りながら飛び出してきた一同に、アズールの部下たちが感嘆の声を上げる中。
ユニたちが迷宮へ入る際にも、そして抜け出す際にも通ってきた淡水の壁が渦を巻き、その向こうから聞こえてくる迷宮を彷徨う者たちの怒号にも似た断末魔が響いてきた瞬間。
渦の中心へと淡水の壁は呑み込まれて消えていき。
国へ寄与された多種多様な迷宮宝具が保管された、まさしく宝の山とも呼べる宝具庫のかつての光景が広がっていて。
「中々楽しかったよ、淡水迷宮。 それと、白色変異種も」
誰に聞かせる訳でもない呟きをこぼしつつも。
(まぁ君たちとの戦いほどじゃなかったけど──)
何かを懐かしむように目を細めて微笑みながら──。
(ねぇ? ブラン、そして──〝ノワール〟)
何かと何かを指す名を呟き、それらを思い返していた。




