【極彩色の神風】
武闘家は図らずも瞬きをしてしまったせいで全てを見逃したが。
だからと言って瞬きなどせず集中して観戦しようとしていた者たちが、そこで起きた全てを理解できているかと問われれば──。
──……否、と答えざるを得ない。
何しろ、あまりにも一瞬の出来事だったのだ。
スタッドが宣言した『始め』の『は』くらいには、すでにハヤテが【忍法術:同形】を発動させて2体の分身を展開し。
『じ』のタイミングでハヤテは分身たちとともに目にも留まらぬ神速で以て、ユニに接近しつつ苦無や手裏剣といった武器を投擲。
『め』と言い終わる頃には前方から本体が、左右から分身がユニに対して、本来は待ちの姿勢で発動する刀の攻撃系技能である【刀操術:抜刀】と、壁や地面との摩擦で着火させる事で火属性の斬撃を可能とする爪の攻撃系技能である【爪操術:導火】で斬り裂こうと試みた。
……というのが、あの一瞬におけるハヤテの動きであり。
そんな音をも超える速度での多面的な攻撃に慌てる事もなく。
挨拶代わりだと言わんばかりに左の分身を槍で、右の分身を銃で交差するように貫いてから真正面の本体が振るおうとした小刀を、ユニは己の刀で真っ二つにへし折り。
それによって発生した一瞬の隙を突いて捕まえたハヤテの首に力を込めつつ、スタッドが開始の宣言と同時に腕を振り下ろした瞬間、盾を構えたまま特攻する攻防一体の技能、【盾操術:防撃】で距離を詰めたトリスの横薙ぎを何でもないかのように円盾で防いだ。
……というのが、ユニやトリスまで含めた3人の攻防である。
この修練場で、完璧にとまではいかずともその一連の流れを看破する事ができたのは、これだけの人数が居合わせているにも関わらず、ほんの一部の狩人のみ。
もちろん協会や町、果ては国の外からこの鏡試合を観ている者たちにまで範囲を広げれば十数人は追加されるかもしれないが。
──そんな事は大した問題ではない。
今この場で起きた事の中で最も注視せねばならぬのは。
文字通り目にも留まらぬ神速で、コンマ1秒にも満たない超短時間で、技能の発動、武器の投擲、分身を伴う多面的な攻撃をハヤテが展開してみせた事か?
全ての職業の中で最もSPDで劣る聖騎士のトリスが、技能ありきとはいえハヤテにほんの少し出遅れる程度の速攻を仕掛けられた事か?
……否、断じて否である。
最も重要なのは、そんな電光石火の息詰まる攻防にユニがギリギリどころか充分な余力を残して対応し切った事。
あらゆる職業の能力値が半減されている筈の転職士であるユニが、技能1つ使わず余裕を持って対応し切った事。
尤も、使わなかったのか使えなかったのかは議論の分かれるところではあるが──……まぁ、それはさておき。
「っ、いつまで人の首根っこ掴んでんのよ……!!」
「おっと失礼。 それじゃとどめを──」
そろそろ掴まれていた首の痛みが限界に近づいていたハヤテは当の本人であるユニへ苦言を呈し、それならと掴んでいた指に更なる力を込めて細首をへし折ろうと試みたが。
「──……まぁ、そんな簡単にはいかないか」
「当然でしょ……!」
「何ですか今の!? 本体と分身の位置が……!!」
「入れ替わった、のか……?」
その試みが成就する事はなく、つい数瞬前までユニの手にあった筈のハヤテ本体は何故か修練場の端で片膝をつき、そしてユニの手は何故か消えかけていた分身の片方の首を掴まされており。
客観的に見ていても『本体と分身が入れ替わった』以外の表現ができずにいた商人と武闘家に対して、リューゲルは『そういうこった』と一部を肯定しつつも肩を竦めて。
「尤も、普通の【忍法術:同形】にそんな芸当はできねぇがな。 あれは──」
暗に、『あれは普通の技能に依る所業ではない』と付け加えたうえで、それが何かと教えてやろうとしたものの。
「【忍法術:同形】の〝覚醒型技能〟、【忍法術:離魂】ね」
「……おい、俺のセリフ盗んなって」
その解説はフェノミアによって奪われ、ハヤテが行使した力の正体が、まるで転職士のように己の半分の能力値しか持たない分身を生み出す【忍法術:同形】が何らかの要因によって覚醒した技能だと白の羽衣の面々に向けて明らかにされたが。
「覚醒型技能……? それって……」
どうやら魔術師には──というか、とある1人を除く白の羽衣の面々には、それを習得しているメンバーに思い当たる節があるようで。
「……1つの職業や武装につき4つ存在する随時発動型技能。 その4つのうち、いずれか1つが偶発的に変異したものが覚醒型技能と呼ばれます」
5人から一斉に視線を向けられた神官は、さも常識だと言わんばかりに覚醒型技能についてを簡潔に解説してみせたが、それも当然と言えば当然。
何を隠そう、この神官も随時発動型技能の1つが覚醒済みなのだから。
ちなみに適性Sの職業や武装の中のどれか1つが偶発的に、つまり適性Sであっても生涯覚醒し得ない事も往々にしてあるらしい。
「目にも留まらぬSPDだけでも厄介なのに、自分と同じ能力値を持った分身と任意で場所を入れ替えられるなんて……」
そんな中、戦士だけは修練場に立つ虹の橋から目を離す事なく冷静に戦況を分析し、一般的な忍者や盗賊、武闘家といったSPDに秀でた職業に、ハヤテと同じSランクの適性を持つ狩人でもあんな風に音をも超える素早さなど絶対に実現不可能であり。
そんなハヤテと同じ音速以上で動く分身を生み出せるというだけでも凄いのに、いつでも位置の交換ができるなんてと生まれ持った才能の違いに1人で打ちのめされていたのだが。
「ま、そこだけじゃねぇんだけどな。 あいつの強みは」
「? それはどういう……」
「すぐに解る」
それを聞いていたのかそうでないのか──……まぁどうでもいいが、ハヤテの強みは『人類、動物、竜化生物、全ての生き物を上回るとされるSPD』や、『そのSPDを完全再現し、いつでも位置の入れ替えが可能な無数の分身』だけではないと語るリューゲルの指差した先では。
「あんた相手に加減なんてしない! 悪いけど殺すつもりでいくわよ!! ま、さっきからそうだったけど!! 【忍法術:五行】、【火遁】──」
「? 普通の技能と同じ──」
トリスとともに最初の位置まで戻ったハヤテが、火・水・風・土・雷の5つの属性を忍術として操る技能、【忍法術:五行】を発動し、そのうちの1つである火の力を用いて攻撃する──……という何ともありきたりな手を打とうとしているのを見た盗賊が首をかしげた時。
「──と、【土遁】! 合成忍術、【溶遁:火口晶】!!」
「えっ!? な、何すかあれ!!」
右手で【火遁】の印、左手で【土遁】の印を結び合わせて見た事のない印を完成させた瞬間、ハヤテの眼前に現れたのは猿とも栗鼠ともつかない形状で、人間より少し大きい程度の奇妙な生物をかたどった溶岩の塊であり、額に付着した赤熱する真紅の宝石が赤く強く輝きを増すごとにその生物の熱量も上昇し、妙に長い四脚で立つ地面は融解し、空気はゆらゆらと歪んでいる。
「合成忍術。 本来5つしか存在しない筈の属性を、まるで合成職のように2つずつ組み合わせる事で全く新しい属性を持つ忍術を作り出す、あの娘のオリジナルよ」
「覚醒型技能、ではなく?」
「えぇ、それもまたあの娘が最後の希望たる所以。 合わせて10の属性を巧みに、そして色鮮やかに操って戦うあの娘を人は──」
その正体は、ハヤテが養成所時代に合成職の仕組みから着想を得て独自に生み出した合成忍術と名づけた力であるらしく、先述した2つにこの合成忍術を加えた3つの強みこそ、ハヤテを最後の希望に名を連ねるほどの強者へと押し上げた最大の要因であり。
赤、青、緑──などなど多種多様な10の色を持つ属性を、あわや光にまで届き得るかもしれない速度の中で使いこなすその少女を、まるで色のある風だと言った誰かの言葉を基に協会は、そして人々は。
──【極彩色の神風】──
──〝ハヤテ〟──
「──……そう呼ぶのよ」
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