剥き出しの牙と、そして──
『HI、WIEE……THIII……ッ』
白色変異種は今や、ありえぬほどの屈辱に震えていた。
鱗を逆立て、牙を剥き出し、さも〝憤怒〟や〝殺意〟といった負の感情をそのまま形にしたような姿を晒しているが。
それは、もしかすると芽生えたばかりの〝怖気〟を未だに拭い切れていないが為の、人間における鳥肌のような現象だったのかもしれない。
しかし、それでも──後退は許されなかった。
それは、決して先日のヴァーバルと同じ〝後に引けなくなるほどに追い詰められていた〟からという消極的な理由が原因ではなく。
〝最強種の誇りに懸けて、歯向かう敵を殲滅せよ〟という己への言い聞かせなのか、それとも何某かからの命令なのか白色変異種自身にも解らない意思の発現による熱い衝動が原因だったのだ。
そして次の瞬間、白色変異種から一切の怖気が消え。
『E、EEE……ッ、WIIIITEEE……ッ!!』
『……それは──』
身体の構造的にありえないほど大きく口を開け、そこに生え揃った凶悪な牙の奥、喉の奥から何かをゆっくりと吐き出し始めたユニは、その行為と光景に確かな既視感を抱いていた。
7種の突然変異種には、〝切り札〟が存在する。
それぞれが持つ特殊な能力に関連する、〝切り札〟が。
白色変異種の切り札は──やはり、〝息吹〟。
尤も白色変異種の場合、何気ない息吹そのものがすでに切り札級の威力や規模を誇っているというのも事実だが、そんな息吹を更に威力や規模で上回るというのだから、それを〝切り札〟と呼ばずして何と呼ぶのか。
『──……なるほど、本気で来てくれるって訳だ』
そして当然、ユニは白色変異種の切り札を知っていた。
以前に戦った白色変異種もまた、この白色変異種と同じように、ようやく追い詰めたかと思えば切り札を発動し。
……ユニを1度、殺してみせたのだ。
しかし彼女は最高にして最強の竜狩人、【最強の最弱職】。
いくら最強種の切り札とはいえ、全く同じ切り札が2度通用するほど弱くもなければ愚かでもなく、その瞳に恐怖や混乱といった感情は一切見られない。
(とはいえ〝神の力〟に匹敵するのも事実、油断はしないよ)
だからといって以前に遭遇した白色変異種との戦いで証明された通り、あの切り札が【機械仕掛けの神】の力を始めとした神の力に並ぶほどに強力だという事は決して否定できぬ以上、彼女は油断も慢心もしない。
……まぁ、普段から油断や慢心などとは無縁なのだが。
そして、ユニは核へと集約させていたエネルギーを光線として放つ為に胸部装甲から展開していた砲口を敢えて窄ませる。
それは奇しくも、ユニが迷宮宝具であるトリアイナを用いて放った【槍操術:螺旋】を相殺しつつ後退すべく白色変異種が吐き出した一点集中型の息吹と似たものではあったが。
……ユニと白色変異種では狙いが違う。
ユニは相殺や後退など考えてもいない。
ユニに宿った時点で〝意思〟も〝言語能力〟も消失し、その膨大な力を持つ魂だけが残された5柱の女神の力を手足のように扱える時点で、ユニに敵う者などそうそう居らず。
ただ、一点集中で突破する事しか考えていなかったのだ。
そして次の瞬間、白色変異種の切り札が発動する──。
……切り札は〝息吹、と言ったが。
当然、単なる息吹などではない。
白色変異種が口から吐き出しているのは──〝息吹袋〟。
そう、言わずと知れた竜化生物における最重要器官。
それを、まるで異物を呑み込んでしまった際に胃袋ごと吐き出す蛙のように飛び出させる事に何の意味があるのか?
そう思ってしまうのも無理はないだろう。
しかし、これこそが白色変異種の切り札なのだ。
息吹袋を一時的に体外へと排出し、その膨大なMPの全てを詰め込んだ息吹袋の元栓を解放させる事で、360°全方位への息吹をMPが空になるまで放出し続けるという不可避の一撃。
迷宮を彷徨う者である事を考慮しても、この迷宮を純白の息吹で埋め尽くし、そこに居る生命の全てを破壊するのは疑いようもないだろう。
他の迷宮を彷徨う者も、アズールやシエルも。
威力、速度、規模──どれを取っても究極至高の一撃ではあるのは間違いない事に加え、ただでさえ目撃情報が少なく、たとえ遭遇したとしても9割9分その一撃を引き出す前に殺されるのは事実として残っているが。
残った1分が、その一撃に名前を付けていた。
その絶大なる切り札の名は──。
『……ッI、THIIIEEEEEEEEEEEEッ!!』
──【無垢なる怠惰】。
今、全てを呑み込まんとする純白の力が解放された。