白色変異種の揺らぎ
一方、怒り心頭でユニへ敵意を向けていた白色変異種は。
少し離れた前方で繰り広げられていた〝謎の行為〟に。
『……???』
ただただ困惑し、混乱し、疑問符を浮かべていた。
〝あれ〟は何だ、と。
何の意味があって互いの口を重ね合わせているのか、と。
まぁ当然と言えば当然の疑問ではあるだろう。
魚類に〝愛情〟だの〝慕情〟だのという概念は──ないかどうかは定かでないとはいえ、少なくとも〝口付け〟を行う事はないだろうから。
……尤も、彩鯉竜はれっきとした竜化生物。
〝魚類〟と分類していいかは微妙なところだが。
それはそれとして、1つだけ解っている事がある。
あれほどの力を持つ、あの人間が。
この局面で〝意味のない行為〟をする訳がない──と。
だからこそ白色変異種は手を、息吹を出せないでいた。
何かしらの意味があるなら止めるべきだという思いと、不用意に介入すると手痛い反撃を喰らうのではという相反する思いが白色変異種の中で相剋していたせいで。
そして、白色変異種の推測は的を射ていたが。
相剋する思いは、前者を勝たせるべきだった。
『──終わるまで、〝贄〟になってもらうよ』
そんなユニの呟きが白色変異種の下まで響いてきた瞬間。
『……ッ!!』
白色変異種は現出して初めて──〝怖気〟を抱いた。
白色変異種が、この迷宮へ現出して最初に理解した事。
それは己が竜化生物における異分子として、この世界における最強種として生を受けたのだという変えようもない事実。
己に比肩する者など、そうそう居ないという事実。
だからこそ、己を戦意と物量で上回るアズールやシエルを始めとした竜騎兵を前にしても、そして何より質量と体躯で圧倒的に上回る迷宮を護る者を前にしても怖気づく事など一切なく。
その純白なる姿を晒し、息吹を放つ事ができたのである。
ゆえに白色変異種は、その感情を知らなかった。
僅かにとはいえ身体が震え、つい先ほどとは違う理由で後退したくなる、この感情が〝怖気〟であるとは解らなかったが。
それでも確かに、怯えていたのだ。
あの悪魔を〝贄〟として喚び出そうとしている何かに。
だから白色変異種は、今度こそ決断を迷わなかった。
これ以上、事態が悪化する前に──そう判断して。
『WHIIIIITEッ!!』
迷宮を護る者が放った、あの巨剣をも一撃の下に消し飛ばすほどの絶大な威力を誇る息吹を、ほんの僅かな充填さえ必要とせず一瞬で放出する。
だが、結論から言ってしまうと──。
今少しばかり、白色変異種の決断は遅かったのだ。
白色変異種が息吹を放ったのは、その口付けが〝お仕置き〟であるとユニが改めて言い終えてから数秒が経過した後。
『ゆ、に……っ、あなた、は──』
すでに、悪魔は〝供物〟となっていた。
〝それ〟を、喚び出す為の供物に。
そして、アシュタルテが口にした途切れ途切れの悔しげな言葉が轟音で掻き消されていく中、息吹はユニへと衝突──。
『WHI、II……ッ!?』
──……しなかった。
いや、もしかしたら衝突はしていたのかもしれない。
だが少なくとも、ユニは無傷だった。
そして、渦中の〝贄〟となった悪魔は消えており。
『大丈夫だよ、アシュタルテ。 〝贄〟とは言ったけど、正確には〝依代〟だ。 【忍法術:憑依】と原理は同じ、時が来たら解放されるからさ』
鏡試合で見せた忍者の覚醒型技能を例に挙げ、もう聞こえてもいない筈のアシュタルテを安堵させるような──そんなつもりが本当にあるのかは定かでないが──優しい声音で話しかけるとともに。
『さて、ようこそ現世へ──』
アシュタルテが消えた辺りに漂っていた〝それ〟を。
『──〝失われし女神〟』
ユニは確かに、そう呼んだ。