悪魔大公の慕情
あまりにも、あまりにも突然のユニからの口付け。
お仕置きと称された、ユニからの口付け。
1つの生物として最強種に位置すると言っても過言ではない突然変異種を前にしておきながら、あまりに場違いな行為。
だが、アシュタルテは──。
『……んッ、あ……』
あろう事か一瞬の快楽に溺れ、その頬を染めていた。
彼女は、フュリエルと同じく人間を見下している。
しかし、フュリエルとは侮蔑の方向性が異なっていた。
種族柄、生物が抱く〝悪感情〟に敏感なアシュタルテは人間という種が持つ悪感情の強さや大きさが他の生物とは一線を画す事を知っており。
その脆弱さとは裏腹の醜悪さや狡猾さを有する人間の穢れた魂は、彼女たち悪魔にとって最高の〝美食〟であるらしく。
悪魔と〝契約〟を交わした人間が死した場合にのみ向かう事となる世界、魔界ではそんな咎持つ人間たちが悪魔たちの〝奴隷〟や〝食材〟として永遠を繰り返さなければならないのだという。
それこそ、ヴァーバルなどは〝おやつ〟としてうってつけの魂を持つ人間であり、だからこそアシュタルテは戦いへの興味も含め後ろ髪を引かれるような態度を見せていたのだ。
つまり、アシュタルテは全ての人間を。
どれだけ良く言っても、〝贄〟としか捉えていないのだ。
……たった1人、己を打ち負かした人間を除いて。
そう、フュリエルはユニを崇高なる存在と見ているが。
打って変わってアシュタルテは、ユニに惚れている。
惚れ込んでいる、と言った方が正しいかもしれない。
熾天使も悪魔大公も寄せ付けない、他を圧倒する強さ。
竜狩人とは斯く在るべき、といった凛とした佇まい。
美女とも美男とも取れる中性的な美貌。
……etc。
ユニを形作るあらゆる要素が彼女の心を掴んで離さない。
だからこそ、あんな言い方は心外だった。
自分は、こんなにも貴女を──と。
魔界で〝皇帝〟に次ぐ立ち位置に居る彼女は、あちらだと己より下の爵位を持つ全ての悪魔たちから畏怖されるほどの存在であり。
それこそ同格たる他2柱の悪魔大公と並ぶ冷徹で残虐で無慈悲で、『まさに悪魔の鑑だ』と、『流石は次期皇帝候補筆頭だ』と尊ばれているらしいが。
まさか、そんな悪魔の鑑たる彼女が自分たちの知らないところで魂を奪い喰らうどころか、1人の人間に心を奪われ口付けまでされて赤らんでいるとは思いも寄らないだろう。
しかし──……しかしだ。
少しでも冷静になれていれば、この状況でユニが何の理由も意味もなく口付けなどする訳がないと気づく事もできた筈。
だがアシュタルテは残念ながら冷静ではいられなかった。
『ふ、う……!?』
だから、ぬるりと唇をこじ開けるように侵入してきたユニの艶やかで生温かい舌を、アシュタルテは拒みもしなかった。
……舌と一緒に口内へ入れられた、〝それ〟すらも。
『んぐ……ッ!? ぷはッ! な、何を──う"ッ!?』
アシュタルテはユニの舌が入ってきた事に対する驚きのせいで他の事を気にかけている余裕がなく、〝それ〟に気づいたのは喉の奥へと嚥下してしまってからの事だった。
……もう、手遅れだった。
『言っただろう?〝お仕置き〟だって。 悪いけど──』
『──終わるまで、〝贄〟になってもらうよ』




