強者たちの疑問
『THII……?』
白色変異種は、とある疑問を抱いていた。
あの細身の人間が己に比肩するほどの実力を有している事は間違いなく、この息吹の驟雨を耐え抜くどころか反撃してきている時点で疑う余地はないと思っていた。
そこそこの強さを持っているらしい隣の悪魔が、あんなに慌てふためいているという事実もまた確信を抱かせる要因となっていたようだ。
だからこそ、疑問を抱いていた。
何故あの人間は力を出し惜しんでいるのか、という疑問を。
この白色変異種は、まだ現出して間もない新鮮な個体。
地上個体の場合は一般的な動物と同じように繁殖によって数を増やし、その個体を産み出した親となる個体から生き方や力の使い方を教わらなければ真に竜化生物として生きていく事は難しいが。
迷宮個体の場合は〝歩き方、泳ぎ方、飛び方といった移動方法〟や〝息吹を始めとした力の使い方〟、そして何より〝自身が強者であるという自覚〟が遺伝子に深く刻みつけられており。
現出したその瞬間から即戦力となるのだ。
それは、この白色変異種とて例外ではなく。
加えて、あまり知られていない事ではあるが突然変異種には総じてLvが存在せず、強さはともかく頭の良さは地上であれば自身を産み落とした個体、迷宮であれば現出した迷宮の平均Lvによって左右されるという関係上、知能すらも最高峰。
だからこそ、その疑問を抱くに至ったようだ。
あの人間は間違いなく自分を害せる──……いや、自分を殺せるほどの力を持つ強者である筈なのに、どうして〝殺すどころか傷つける事も満足にできない程度の反撃〟しかしてこないのかと。
かといって、そちらに思考を割きすぎる訳にもいかない。
チンケな悪魔と違って、あの人間は確かな脅威。
気を抜けば、死ぬのはこちらだと解っていたから──。
★☆★☆★
一方、ユニはユニでまた別の疑問を抱いていた。
(……どうして反撃してこない? こんなに隙だらけなのに)
そう、ユニもまた白色変異種の様子に疑問を感じていた。
答えとしては、〝ユニが力を出し惜しんでいる理由が解らず攻撃していいのかどうか迷っている〟というところなのだが。
ユニとしては、これほど解りやすく背を向けた状態で隙を晒しているというのに、どうして追加の息吹を放ってこないのかが気になって仕方がない様子。
アシュタルテに追撃しないのはまだ解る。
アレは放っておいても、ユニを屠らんとする大規模な攻撃に巻き込まれる形でいずれ消滅するだろうから──と、そう考えていても不思議ではないからだ。
しかし、どうして自分まで──と答えの見つからない疑問に両者が頭を悩ませている中、先に痺れを切らしたのは。
『〜〜ッ!! あぁもう! しつこいのよッ!!』
『アシュタルテ? 何を──』
ユニでも白色変異種でもなく、アシュタルテだった。
『私は【悪魔大公】よ!? 魔界でたった3柱しか居ないトップクラスの悪魔なの!! そんな悪魔が魚類相手に防戦一方って何!? 不甲斐なさで頭おかしくなりそうだわ!!』
『私相手でも同じじゃない?』
『貴女はいいのよ〝特別〟なんだから!!』
どうやら【悪魔大公】という〝皇帝〟を除いた全ての悪魔の頂点に立っている筈の自分が、こうも一方的な展開に陥らされている事にいよいよ我慢ならなくなってしまったらしく、ユニへの特別扱いこそ忘れてはおらずとも、その表情からは白色変異種への恐怖が消えかけているように見える。
(白色変異種も充分〝特別〟だと思うけど……)
もちろん、ユニの〝特別〟と白色変異種の〝特別〟は全く意味も趣も異なるという事くらいユニも解ってはいたが、プライドの高さだけは確かに〝大公〟だなと呆れ返っていたのも束の間。
『〝攻撃は最大の防御〟、〝防御は最大の攻撃〟!! どこぞの世界のどこぞの軍師が残した言葉だそうよ!! 解りやすくて──いいわよねッ!!』
『えっ? ちょっと、約束は──』
少なくともドラグリアではないどこかの世界で活躍したらしい軍師の名言とやらを得意げな顔で口にして、その名言を気に入っているという正直どうでもいい情報をひけらかしながら、そんな事など気にならないほどの変異を遂げていくアシュタルテ。
自衛以外は何もしないで、という自分との約束をさっそく破棄しようとしているアシュタルテを、ユニは制止しようとしたが。
……もう、遅い。
『【悪魔の──潜水艦】ッ!!』
『……TIEE?』
ここではない世界に実在する水中航行が可能な軍艦に搭載される類の兵器や装甲そのものを鎧の如く纏ったアシュタルテに、ここで初めて白色変異種は彼女を視界の中心に映す。
まだ、〝敵〟と認識するには早いようだが──。