息吹の驟雨
15の武装の1つ、【弓】が持つ4つの随時発動型技能。
その中に、【弓操術:驟雨】という技能が存在する。
魔力を込めた矢を対象物の上方を狙って放ち、その矢が最高到達地点に達した時点で炸裂、無属性の魔力の矢が途切れぬ雨のように降り注ぐという攻撃系技能であり。
対多数戦闘における広範囲での殲滅、1匹の巨大な竜化生物と対峙した際の牽制や意識外からの撹乱、信号弾のように打ち上げる形での合図など攻撃系技能にしては用途も多岐に渡る利便性の高い技能。
……そんな技能が発動したようにも見える、この光景。
しかしながら似ているのは、その見てくれだけ。
1つ1つの矢──もとい息吹の威力も速度も、その数も。
純白なる驟雨は、【弓操術:驟雨】の全てを凌駕する。
……もう、ここで明かしてしまおう。
白色変異種の特殊能力とは──……〝息吹への特化〟。
持って産まれた膨大な魔力の全てを息吹の威力と速度、規模に特化させており、その一撃は国すら落とすまで云われる。
いくら希少価値が高く、たとえ牙の1本や鱗の1枚であっても下位貴族程度では財産のほぼ全てを投げ打たなければならぬほどの莫大な値で取引され、それこそ一生遊んで暮らせるくらいに儲けられるかもしれないとはいえ、よほどの事でもなければ手を出す人間は居ない。
返り討ちに遭うだけだ、という事が目に見えているから。
しかし、その大きすぎる力の代償か身体能力に関してだけ言えば蠢く者や彷徨う者、統べる者や護る者といった本来の竜化生物たちが属する4種のそれをそのまま引き継いでいるようで、この白色変異種もおそらく例外ではない筈。
……少なくとも、ユニはそう推測していた。
だが、この白色変異種は少し事情が違うようだ。
純粋な身体能力こそ例に漏れず一般的な迷宮を彷徨う者相当ではあるものの、どうやら他の個体よりも洞察力や予見力に長けており、〝もしも〟や〝あらかじめ〟といった思考が可能であるらしい。
それこそ、まるでユニと同じように──。
『アシュタルテ、今度はちゃんと自衛してね』
『ッ、何度も同じ事言わないでよ!!』
こうなってくると今度こそアシュタルテを庇ったり護ったりする余裕はユニとしてもなく、『ちゃんとしてね』と親が子に言い聞かせるような口調で以て指示を出されたアシュタルテは羽を大きく翻し。
『【悪魔の防護盾】!!』
完全な相殺や回避は不可能でも、ただ防ぐだけなら自分にだってできる筈だと、【悪魔大公】なんだぞと半ば拗ねたような表情を見せながらも両の羽を頑丈な盾に変異させたのだが。
『──ぅえッ!? 嘘でしょ!?』
(アレで防げると思ってたの……?)
あろう事か2発防いだだけで貫かれてしまい、その刺すような痛みでのたうち回る間すら与えず降り注いでくる息吹をあたふたとしつつも何とか回避するアシュタルテに、ユニは心から呆れ返る。
あんなのでも【悪魔大公】が務まるのか──と。
『ま、まだよ! この程度で屈したりなんかしないわ!!』
しかし、アシュタルテにも意地がある。
貫かれた事で穴を穿たれたままの羽を更に大きく広げ。
『〝性能向上〟──【悪魔の特火点】!!』
兵器へと変異させていた肉体が損傷した場合、同系統かつ格上となる兵器への改修が可能となる能力を発動、近くの岩場に降り立ったアシュタルテは自身の羽で半球状のドームのような壕を展開して今度こそと息吹の驟雨に備えたのだが。
『ちょ、ま、待って……ッ、これでも駄目なの……!?』
『……要る? 助け』
『い、要らない! まだ、まだ〝上〟があるもの!!』
先ほどより保ったとはいえ、それでも10発ほどでヒビ割れてしまい、それを見ていたユニが溜息混じりに『助けてあげようか』と呟いたのを聞き逃さなかったアシュタルテは、より優れた兵器へと改修する為に限界まで魔力を振り絞り。
『〝性能向上〟──【悪魔の防衛陣】!!』
今度は360°全方位を護る──否、護るというより受け流す事に特化した真球状の盾へと羽を変異させた結果、内側に衝突時の轟音や衝撃こそ響くものの何とか壊れずに凌ぎ切れており。
『よ……よしッ! どうよユニ! いけてるでしょ!?』
『最初からやりなよ』
『う、うるさい! ここからが本番なんだから!』
ようやく得意げな顔の1つも浮かべられるようになったらしいアシュタルテからの問いかけに、『何でそれを最初からやらないのか』という身も蓋もないド正論で返されながらも引き続き自衛に勤しむ悪魔をよそに。
(……まぁ、この驟雨を耐え切るくらいはしてもらわないと困る。 正直、足手纏い《アシュタルテ》に構ってる暇なんてないし。 それを証拠に──)
ユニは内心、【悪魔大公】という魔界においても稀有や存在たるアシュタルテを足手纏いとしか捉えておらず、せめて自衛くらいはこなしてもらわないと常に付き従えてる意味がないと脳内で吐き捨てつつも。
アシュタルテに構っている余裕などない、という一見すると冷酷とも取れる見限りには、ちゃんとした理由があった。
何を隠そう、その理由とは──。
『よくもまぁ迷宮を彷徨う者で器用に躱すものだね』
『WHII?』
……実を言うと、ユニは降り注ぐ息吹の中から〝自分へ命中するもの〟だけを見極めて、両手の指先に小さく展開させた【通商術:転送】の入口から白色変異種へ命中するように座標を指定した出口へと息吹を転移させていたのだ。
もちろん、ユニは白色変異種の泳ぎを予測した上で偏差的に出口を設置しており、例えば〝3秒後に白色変異種が泳いで辿り着く位置を貫くように〟座標を指定しているというのに。
それでも、ユニの攻撃は1発も命中していなかった。
魚類の死角、完全な真後ろからの転移にも対応しており。
おそらく、この攻撃を続ける事に意味はないのだろうと結論づけつつ、この純白の驟雨が止むまで無意味な攻撃を続けなければならない現状を憂いながらも、ユニは確かに微笑んでいた。
(もしかしたら、君より厄介かもね──〝ブラン〟)
脳裏をよぎる、〝白き巨竜〟を。
唯一、自分を殺してみせた存在を思い返して──。