〝私の爪〟
……衝突などと表現すると、まるで互いの放った攻撃が拮抗状態にあると思えてしまうかもしれないが。
残念な事に、そうはならなかった。
かたや魔界に3柱しか存在しない悪魔大公の一撃。
かたや突然変異種の一角たる白色変異種の一撃。
知名度や希少性ですら大きく穴を開けられ、そもそもユニから『無理だと思う』と言われながらも悪魔としての誇りを護る為に渾身の一撃を放った筈。
しかし、そんなアシュタルテの一撃を──。
『はァッ!?』
白色変異種の息吹は、あっさりと呑み込んでしまった。
息吹と魚雷が触れた瞬間、その大きさからは考えられないほどの超巨大規模を誇る爆発が引き起こされる筈だったが、それすらも最初から存在しなかったかの如く周囲の淡水ごと純白に染め上げられ。
(冗談でしょう!? 相殺どころか威力を削ぐ事も──)
内心、通じないとは解っていても相殺くらいは成し遂げてみせなければと意気込んでいたアシュタルテにとって、その結果はあまりにも無情で、あまりにも無慈悲で。
二の矢はおろか防御や回避すらも間に合わないほどの速度で以て、アシュタルテをも魚雷と同じく呑み込んでしまおうと息吹が眼前まで接近していた──その時。
『【賢才術:万能】──【階層転移】』
『ッ、ユニ!? 貴女……!!』
少し離れた位置に居たユニの声が響いてきたかと思えば、アシュタルテの視界では寸前まで迫って来ていた筈の息吹が、どういう訳か少し離れた位置から見えており。
代わりに自分が先ほどまで居ただろう位置にユニが浮かんでいたのを見て、アシュタルテは自分に何が起こったのかを悟る。
それは、〝互いの現在地に高低差があるAとBの座標を入れ換えて転移させる〟上級魔術であり、ユニは持って生まれた高い空間認識能力で自身とアシュタルテのX・Y・Zからなる3つの座標を一瞬で見極め、場所を入れ換えたのだ。
自分を庇ってくれたのか、と少し遅れて状況を理解したアシュタルテが歯噛みしつつも手を伸ばす中。
『【黄金術:武装】──』
(自分の腕を錬成……!?)
ユニは己の右手に魔力を込め、もう片方の腕に軽く触れる事で錬金術師の随時発動型技能を発動し、その手の甲に錬成陣が浮かび上がるやいなや彼女の左腕は一瞬で分解、再構築されていき。
『──〝私の爪〟』
気づけば彼女の左腕は、〝無駄〟や〝不足〟の一切ない機能美に溢れた【爪】に変異を遂げており、たった今この瞬間に名付けたのか、それとも前から呼んでいるのか判断のつかない無表情で以てそう呼びつつ。
『からの──【爪操術:光閃】』
『……ッ!!』
その【爪】を触媒とした技能の発動による光属性の斬撃を飛ばすのではなく纏わせながら振りかぶり、錬成しているとはいえ己の肉体の一部を眼前に迫っていた破滅的な威力と規模を誇る息吹に接触させ、そして──。
兵器さえも凌駕する力の塊を、完全に相殺しきった。
(あの娘自身の腕を──いいえ、〝指〟を触媒にしてるとはいえ、あの馬鹿げた威力の息吹を相殺したっていうの!? やっぱり、どっちも化け物じゃない……!!)
アシュタルテも、ユニの〝指〟については理解していた。
1年前、3対1という圧倒的に有利な状況での戦いに持ち込んでおいてなお惨敗した、あの戦いの時から嫌というほどに理解させられていたのだ。
しかし、だとしてもここまでとは思っていなかった。
間違いなく自分を一撃で葬っていただろうあの息吹をこうも簡単に、しかも片腕で相殺してしまうなんて──と。
これこそが、たった10人しか居ないSランク狩人の頂点に立つ【最強の最弱職】か──と感嘆せずにはいられなかったようだ。
『TIII?』
また、〝いまいち何が起きたのか解っていない〟という点においては白色変異種も同じだったようで、どうして死んでいないのかという疑問を抱きながらも、ようやく石の上に寝かせていた身体を緩やかな動作で起こし、ユニを見る。
『……WIIIIEEEE……』
……どうやら、〝敵〟だと認識したらしい。
『……ありがとう。 癪だけど、流石ねユニ……』
その一方、少なくとも〝助けられた〟という事実だけは認めざるを得なかったアシュタルテはおずおずと近づきながら、そして白色変異種への警戒も怠らぬまま礼を述べたのだが。
『……流石? この有様で?』
『え──ッ!?』
とても楽観的とは思えない声音でそんな事を言いながら左手を見せてきたユニに釣られ視線を動かしたアシュタルテは、その左手に起きていた〝異変〟に今日1番の衝撃を受ける事となる。
『爪に、ヒビが……ッ!! それ大丈夫なの……!?』
『前に白色変異種と戦った時に比べればね』
そう、ユニの爪が──〝指〟がヒビ割れていたのだ。
前の方が、つまり1度ユニが死んだという白色変異種との戦いの方が被害としては大きかったとは言うものの、それ以前にアシュタルテは〝ユニの指が外的要因によって破壊される〟などとは夢にも思っていなかったせいで衝撃を受けていた。
実際、元虹の橋の3人との鏡試合もアシュタルテはユニの背後で観戦していたが、あの激闘の中ですらユニの指は攻めの時でも守りの時でも擦り傷1つ付く事はなかったというのに。
『約束は約束だよ、アシュタルテ。 ここから先、君は何もしないでね。 まぁ、さっき言ったように白色変異種は私や君の意思なんて関係なく君も狙うだろうから──』
などと考えていたアシュタルテの思考を遮るように、ユニは先ほどの『1回だけ』という約束を改めて突きつけるとともに、あの時アズールたちに告げた言葉を復唱しようとしたが。
『……解ってるわよ。 あの時、貴女が告げた言葉は──』
言われなくても理解できていたアシュタルテは、己への不甲斐なさから来る深い溜息をつきつつも未だ発射管へ変異させたままだった腕を元に戻しながら。
──自分の身くらいは、自分で護ってね。
アズールとヴァーバルに向けていた筈の、あの言葉が。
『──私に向けたものでも、あったんでしょう?』
同時にアシュタルテへ向けたものでもあったのだろうと確認するように問うた結果、言葉こそ返ってこなかったがヒビを直して錬成を解いた左手をヒラヒラと後ろ手に振ってみせた事で、アシュタルテがそれを肯定と捉える一方。
『さて、白色変異種。 私と踊ってくれるかい?』
『……WHITEEEE』
ユニと白色変異種は、互いに臨戦態勢に移行する──。