絶景の中の〝白〟
ヴァーバルの尊い犠牲の上に、アズールとシエルが勝利を掴み取った一方で、その戦いが幕を開けた頃まで時は遡り。
『どうなるかしらねぇ、あっちは』
一切の憂いなくスイスイと奥へ進んでいくユニに対し、アシュタルテはチラチラと後ろを振り返りつつ2人と1匹の心配──ではなく、ただの好奇心から来る野次馬精神を露わにしていたようだが。
『気になるなら戻ってもいいけど』
『……そんな事言ってないでしょ』
『まぁ、そうだね。 実際のところ──』
教育の為にと親が子を突き放す時のようなものとは全く違う抑揚のない声音で以て、『別に君は居なくてもいいし』と暗に告げられた事でいじけてしまったアシュタルテに、それでもユニは振り向かぬまま改めてアシュタルテの疑問に答えるべく数秒ほど思案した後。
『アズールかヴァーバル、どっちかは死ぬんじゃないかな』
『あら、それを解ってて任せたの?』
『そうだよ』
『……冷たいわね、私が言えた事じゃないけれど』
死ぬとしたら十中八九ヴァーバルではあろうものの、それでも『この世に〝絶対〟はない』とばかりに両方の名を挙げたユニへ、アシュタルテ自身が人間ではないという事を念頭に置いた上でなお冷酷だと吐いて捨てる。
尤も、アシュタルテにとっては別にどちらが死のうが生き残ろうが全く以て無意味かつ無価値である為、冷酷どころか無感情でさえあったが。
……それはそれとして。
『……ねぇ、1つ確認してもいい?』
『ん?』
アズールたちの生死などよりも真っ先に気にかけておかなければならない事を、ようやく聞く覚悟ができたらしいアシュタルテからの問いかけに、ここでユニは初めて視線だけでも彼女の方へ向け。
『私は、対白色変異種の戦力として数えられてるのかしら』
別に居なくてもいい、と暗に告げられた時点で察せられるものはあったのだろうが、それでも念の為に、そして肯定されるなら覚悟を決めておく為に『自分も戦う感じなのか』と問うてみたものの。
『んーん? むしろ何もしないで欲しいな。 もうすぐ接敵するし隠す意味もないから言うけど──君じゃあ無理だよ』
『……本当、ハッキリ言うわね』
『ボカした方が良かった?』
『……もういいわよ、さっさと行きましょ』
ユニから返ってきたのは実にあっさりとした〝戦力外通告〟であり、『君に限った話じゃないけどね』というフォローになってないフォローまで付け加えられた上で。
邪魔だけはしてくれるなよ、なんて厳しい口調でこそないが明らかに戦力として数えるつもりはなさそうなユニの返答に、アシュタルテが安堵からか不甲斐なさからか自分でもよく解らない溜息をついてしまう中。
『ま、とはいえ向こうはお構いなしに君も狙ってくるだろうね。 あの迷宮を護る者でさえ君を知覚できてたんだし』
『あぁ、やっぱりそうだったの? 道理で──あら?』
Lv100の迷宮を護る者程度ですら、ボンヤリとでもアシュタルテの存在を知覚できていた事を考えれば、かの突然変異種の一角がユニの背後に浮かぶ彼女を見逃す筈がないとユニは断言し。
どのみち戦闘は免れないって訳ね、と迷宮を護る者から確かに向けられていたように思う怪訝そうな視線を脳裏に浮かべつつも今度こそ覚悟を決めるべく深い息を吐いたのも束の間。
『……眩し……』
最奥の扉の更に奥へと進み続けて約5分、深海が如き暗闇の中に僅かな日の光が射すかどうかといった明度しかなかった筈の迷宮の奥底には似つかわしくもない、まるで行楽や休息に適した環境にするべく意図的に竜化生物を排除した保養地のような美しい景観がユニたちをお出迎え。
『なるほど、〝休む為の場所〟とはよく言ったものだ』
『打って変わって絶景ね。 私の〝実家〟と大違いだわ』
最初こそ自分の故郷にはない〝暖かい陽の光〟や〝彩り鮮やかな水棲植物〟、〝波形を描く砂紋〟や〝宝石のような巌〟などのこれでもかという露骨な美しさに胸焼けしていたものの、これはこれで悪くないのかもしれないと思い始めていたアシュタルテに。
『だろうね。 けど正直どうでもいいやソレは』
『……ちょっとくらい興味持ちなさいよ』
冷や水を浴びせるような──そもそも360°冷たい淡水塗れではあるのだが──突き放し方で、せっかくの感嘆を挫いてきたユニにジトッとした視線を向けながら、またもいじけたように鼻を鳴らしたものの。
『いや、だって……ほら』
『え──……あッ!?』
ユニが彼女を雑に扱ったのにはそれなりの理由があったらしく、『ほら』と指差した先を見ろと促された事で釣られるようにアシュタルテが向いた先には。
『──WHIIIITE……』
『白色変異種……ッ』
まさに絶景と呼んで差し支えない展望の中に、まるで祭壇の如く積み重ねられた荘厳なる岩山の頂点で突然変異種が一角、白色変異種が人間でいうところのうつ伏せのような姿勢で微動だにせず横たわっており。
『……え?』
大声を上げて驚いてしまった事を悔いつつも今さらながら口を押さえたアシュタルテだったが、どうにも様子がおかしい事に気がつき。
もしかしなくても、と思い──こう呟いた。
『……寝てない? アレ』
『みたいだね』