お前の手柄だ
アズールやヴァーバルの得物のサイズを2m弱とすると。
その巨剣のサイズは、およそ4〜50mはあろうか。
迷宮を護る者の全長と、ほぼ同様という超巨大な刃物。
そして、ただ大きいだけではなく。
その鋭さも、アズールたちの得物の比ではなかった。
……何故そんな事が解る?
まだ何も斬られていないのに。
しかし、それも無理はなかった。
2人と1匹の内、巨剣の犠牲となった者が居たからだ。
では、その犠牲者とは──?
『……ッ、は、はは……マ、ジか……』
『ッ!? ヴァーバルッ!!』
そう、ヴァーバルであった。
腕1本、脚1本程度の負傷ならどうにでもなっただろう。
幸い、同じ迷宮には【最強の最弱職】も居るのだし。
だが、ヴァーバルが負った傷はどう見ても手遅れだった。
上半身と下半身がお別れしてしまっていたのだから。
その顔には力ない苦笑を見せてこそいるものの、もうじき彼の顔からは表情どころか色さえ失われる事となるだろう。
……アズールは、事前に把握していた。
ヴァーバルが、すでに1度死を経験しているという事を。
【神秘術:蘇生】にて蘇った事があるという事を。
……もう、蘇生は不可能であるという事を。
だが、それはアズールとて同じ事。
彼も竜騎兵として新米だった頃、地上を蠢く者の群れを束ねていた地上を統べる者に殺され、蘇生された過去があった。
それについては、ヴァーバルにもユニにも伝達しており。
ゆえに言葉こそ交わさずとも、アズールとヴァーバルは互いに『生きて帰ろう』と決意し、協力の意思を示していたのだ。
しかし、それは叶わなくなる。
片方の脱落によって。
もう間もなく、ヴァーバルの命は潰えてしまうだろう。
放っておいてもだ。
……だが、それを許すほど迷宮の主は優しくない。
『……ッC"I、S"HIIIIAAAA……ッ!!』
『!? おのれ、やらせるか……!』
血液を大量に流している事自体は事実である為か、不調を偽装していた割には動きの鈍い迷宮を護る者が、こ れほどに自分の身体と自尊心を傷つけたヴァーバルを粉々になるまで噛み砕いてやるべく牙を剥き出しつつの突進を敢行し。
それをいち早く察したアズールは、せめて遺体を喰われてしまう事だけはと、シエルと同様に先の巨剣を回避する為に消耗した身体を押して駆けつけようとしたが。
『……お、おォ……ッ、受け、取れ……ッ!!』
『ッ!? 何を──……くッ!!』
当のヴァーバルが今際の際に為したのは、命惜しさにアズールたちへ手を伸ばすのではなく、ましてやでもなく、その右手に持っていた大鎌型の迷宮宝具、アダマスを最期の力を振り絞ってのアズールへの投げ渡しだった。
そして彼は、アズールがアダマスをしっかりと受け取った事を霞んでいく視界で何とか見届けてから力なく微笑み。
『C"AAAA!! A"AAARP……ッ!!』
『ッ、ヴァーバル……!!』
断末魔も上げる事なく、千切れた下半身ごと喰われ。
バキバキ、ゴリゴリと水中だからか妙に響く鈍い咀嚼音が聞こえるその最悪の光景を、アズールたちはただ見ている事しかできなかった。
……が、しかし。
それは決して、恐怖や悲観による傍観ではない。
アズールは、すでに気づいていた。
(そうか、ヴァーバル……お前は、これを私に託そうと……)
ヴァーバルがとった〝最期の行動〟に込められた真意を。
先ほどまでと様子が違う、アダマスを投げ渡した意味を。
『征くぞシエル! すでに奴は満身創痍、必殺を見舞う!!』
『CUUUURUAAAAAAAAッ!!』
『S"HI、IIII……ッ!!』
そしてアズールは本来の得物である鎚矛を納め、ヴァーバルから受け取ったアダマスを構えながら指示を出し、シエルもまたありったけのMPを込めた【騎行術:神風】で特攻していく中、アズールは【鎌】の随時発動型技能を起動する。
それは、ヴァーバルが『使えない』と切って捨てた技能。
水中では真価の発揮どころか発動さえできない技能。
──【鎌操術:血刃】。
自分や相手の血液を纏わせて威力と斬れ味を上昇させ、その真紅の刃で直に斬り裂くか遠隔攻撃として飛来させるかの2択を選べる万能な攻撃系技能。
……が、この技能には上述した〝真価〟がある。
その真価は自分の血液を使用した時には発揮できず。
他者の血液を使用した時にのみ発揮できる。
自分以外の生物の血液を纏わせ、その血液の主である生物を斬りつける時、使用者のATKに補正がかかるとともにダメージの倍率も上昇するという真価を。
それは、まさしく命を刈り取る【鎌】に相応しいが。
……疑問に思う事だろう。
水中では使えなかったのでは? と。
事実、今の今までヴァーバルは【鎌操術:血刃】が封じられていたからこそ危険を冒してまで迷宮を護る者に肉薄する形で戦っていたのだから。
しかし、どうやらヴァーバルはその致命的な問題を解決したからこそ、アズールへアダマスを投げ渡したようだった。
(おそらくヴァーバルは死の直前に気づいたのだ、アダマスの能力の可能性に! 迷宮を護る者への必殺の一撃に!!)
──〝硬質化〟。
その刃で斬りつけたものを、まるで元から鉱物か何かだったとばかりに固めてしまい、あらゆるものを固定・停止させる力。
その対象は生物だけに留まらず、液体だろうと気体だろうと所有者が〝斬る〟と意識したものであれば何でも硬質化させられる。
生物由来のものであれば、なおさら。
ここまで言えば、もう解るだろう。
そう、夥しい量の迷宮を護る者の血液もまた、アダマスの刃の表面をしっかりと覆い尽くすように硬質化していたのだ。
水に溶けるという血液の性質を無視するほどに。
だが、硬質化しても血液は血液。
不溶となったお陰で、【鎌操術:血刃】は息を吹き返し。
発動条件を見事、満たしてみせたのである。
そして、アズールは赤黒く染まった刃を振り上げて──。
『最期は己の血で逝くが良い! 【鎌操術:血刃】ッ!!』
『C"Aッ、C"U、AAAA……ッ』
込めたMPの量の差か、使用者のLvや適性の差か、それとも別の何かが作用したのかは解らないが、その太く大きな首を刎ねられるだけのサイズと斬れ味を両立した真紅の刃は、まさに断頭台が如く迷宮を護る者の頭部と胴体を斬り離し。
全ての竜化生物が共通して持つ自己再生能力も、アダマスの能力で傷口を硬質化させられた事により満足に機能せず。
鈍く断片的な断末魔をこぼしながら、迷宮の主は沈み。
『……RI、PURUAA……』
『……あぁ、解ってる』
それを見届けた1人と1匹は、アダマスから剥がれ落ちていく迷宮を護る者の血液に構う事なく、その刃の向こうに映る生意気な男の挑発的な笑みを思い浮かべながら──。
『これは、お前の手柄だ──せいぜい冥界で誇れ』
天界に召されはしないという事を前提としつつも、アズールにとっては部下たちへ送るものと同等の誠意で以て、そんな告別の辞を述べてみせたのだった。