真に狡猾だったのは
生物であるか非生物であるかを問わず、その刃で斬りつけた物を等しく〝硬質化〟させる迷宮宝具、アダマスの能力と。
同じく生物か非生物を問わず、ダメージこそないが斬りつけた物の魔力回路を一時的に断絶し、それと同時に意識をも喪失させる【鎌】の攻撃系技能、【鎌操術:魔断】。
どちらか1つだけだと大した効力は期待できず、2つ合わせても通用するかどうかは正直言って賭けではあったが。
……どうやら彼らは、賭けに勝利したらしい。
(ッ! 攻撃が通るようになってきてやがる……! はッ、兵長サマの見立ては正しかったって訳か! ざまぁねぇなオイ!!)
丸鋸か何かのように高速で回転しながら諸刃の刃を突き立てつつ頭部へと進んでいく己の斬撃が、ほんの僅かとはいえ確かに迷宮を護る者に傷をつけ、ダメージを与えている事を実感したヴァーバルは、ようやく〝勝ちの目〟が見えてきた事に高揚して更に加速していく。
『S"HI、A"AAA……ッ』
その間にも迷宮を護る者は巨体を蠢かせて何とか逃れようと試みるも、もはや文字通り石か何かのように硬くなって動かなくなっている部位や筋肉の方が多く、ヴァーバルが水の抵抗ありきでアダマスを振り回す速度よりも鈍くなっていた為、逃れる事もできないように見えた。
……ヴァーバルだけでなく、アズールの目からも。
『どうせ最後だ!! ありったけ喰えアダマス!!』
そして、いよいよ頭部辺りまで辿り着いたヴァーバルは一層アダマスを大きく振りかぶってから限界までMPを注ぎ。
『脳髄ぶち撒けやがれぇ!! 【鎌操術:鼬鼠】ッ!!』
『C"Aッ、F"AAAA……ッ!?』
使用者の片腕と鎌を魔力で融合させ巨大な鎌を生成、ヴァーバルが自力で可能にしていたものとは比較にならないくらいの回転力で以て竜巻を、そして水中ならば渦潮を発生させるほどの斬撃で斬り裂く風属性の攻撃系技能を発動。
流石に首を落とすには至らなかったが、アダマスの能力をも乗せたその一撃は確かに迷宮を護る者の頑丈な鱗を斬り裂いて、その奥に位置する人間より遥かに大きな脳味噌に刃を届かせた。
『ッしゃあ!! どんなモンだァ!!』
Lv100の迷宮を護る者の鱗を貫いてみせた時点で、ヴァーバルはすでに竜狩人に当て嵌めればAランク中堅相当までこの短時間で成長したと言えるだろう。
『気を抜くなヴァーバル! ひとまず距離を取るぞ!』
『うおッ!? お、おォ……!』
それを知ってか知らずかドヤ顔で勝鬨を上げるヴァーバルを、いつの間にかシエルとともに近づいてきていたアズールが再び無理やりにでも引っ張って、できる限り迷宮を護る者から離れようとし始める。
竜化生物における最も恐ろしい瞬間とは、〝己の命の終焉を悟り、なるだけ周囲を道連れにせんと力の限り暴れる〟時だから。
『……ひっくり返ってるが……殺れたんじゃねぇか?』
しかし、そんなアズールの警戒とは裏腹にヴァーバルが呟いた通り迷宮を護る者は、ぷかりと腹を上にして水中に浮かんだまま微動だにしておらず、もしかしなくてもすでに絶命しているのではという、その状態に追いやった張本人からの問いにアズールは首を横に振り。
『それはない。 もし殺せていたのなら、最奥に〝迷宮核〟が出現する筈だ。 そして、この場所こそが最奥である以上──』
『まだ死んでねぇって事か……しぶてぇ野郎だな』
それを壊せば迷宮そのものが壊れて2度と潜る事はできなくなるという、まさに〝核〟たる魔力の塊が自分たちの前に姿を現していない事からも間違いなく死んではいないと語るアズールに、ヴァーバルは水中だからか妙に響く舌打ちをしたが。
『だが少なくとも致命傷は負っている筈。 白色変異種の討伐にユニ殿が費やすか時間は不明瞭だが、どれだけ長くとも1時間は掛からないと見ていいだろう。 ならば一足先に迷宮を護る者の息の根だけでも止め、いつでも迷宮を破壊できるようにしておくべきだ』
『ッし、そんじゃあ狙うは──心臓だな?』
『あぁ、征こう』
とはいえ今際の際であるのも事実であろうし、ユニならば突然変異種が相手でも短時間で討伐できる筈だというある種の信頼の下、次なる個体の再現出よりは早く終わるだろうと仮定した上で命を絶っておこうというアズールからの提案を受け、2人と1匹は再び迷宮を護る者へ近づいていく。
……やはり、鰭1つに至るまで動く様子は見られない。
『……どこから通す? アダマスのお陰で倒せたとはいえ、アダマスのせいで硬質化してっから生半可な攻撃じゃあな……』
『比較的柔らかい……そうだな、眼球か口内といった粘膜に覆われた部位から通すしかないだろう。 危険は伴うだろうが』
もちろん気は抜いていないが、それはそれとして触れずして確認する事は難しく、ベタベタと鱗に触れながら〝心臓にまで攻撃を通せる部位〟を探していた2人は、〝どちらかと言えば柔らかい部位〟にしようと結論づけ。
意識はなくとも目蓋がない為に開いたままの右の眼球から脳味噌を破壊する事を選択し、いよいよだとばかりに帰還に必要な分を除く全てのMPを充填していく。
『準備はいいか? ヴァーバル、シエル』
『おォよ、どうせ泡銭だしな』
『RURUAA』
『よし、では──』
かたや【騎行術:飄石】を、かたや【傭役術:金窟】を、そして息吹を放つ為の魔力を充填し終えた2人と1匹は互いに顔を見合わせ頷き合い、ついにその膨大な力の塊を放出しようとした。
そう、放出しようとしていた筈なのだ。
だが結論から言えば──……それは叶わなかった。
何故? と問われたところで答えるまでもない。
2人と1匹の眼前にある、壁画の如き巨大な眼球が──。
『──……C"ARP』
『『『……ッ!?』』』
ギョロリと動いて彼らを見ただけならまだしも、念の為にと選ばなかった口の方から彼らを嘲るような意思さえ感じさせる高いとも低いとも言えない唸り声が聞こえてきたのだから。
『な、何で……ッ、気絶してたんじゃねぇのか……!?』
『その筈だ! 一体、何が──……ッ、まさか……!』
瞬間、2人と1匹は驚きのあまり硬直しかけながらも最低限の距離を取りつつ、まさかもうアダマスや【鎌操術:魔断】の効果が切れたのか、そもそも効き目が薄かったのか、など色々思考を巡らせてはいたものの。
ここで、アズールはようやくその可能性に思い至った。
(馬鹿な……!! まさか、偽装したのか!? 技能や迷宮宝具の能力が効いているのだと、鰭の1つも動かせぬのだと──)
そう、この迷宮を護る者はアズールたちを己に比肩こそせずとも充分な強者だと認めた上で、その命を確実に散らす為に敢えてヴァーバルの攻撃が通用していると、アズールの策は成ったと思い込ませるべく己の肉体や精神の状態を偽っていたのだと。
……この戦場で真に狡猾だったのは自分たちではなく。
この迷宮の主、宝の守護者であったのだと。
『ッ、回避を──』
そして奇しくも部下たちを伴って迷宮攻略へ挑んだ時と同じ指示を、アズールは悲壮感を漂わせる声音で飛ばしたが──。
──……もう、全てが遅かった。