鏡試合とは
時刻は、正午ちょうどから15分前。
「あと15分ほどで開始となりまーす! 観覧席をご予約の方は着席していただきますよう、ご協力お願いしまーす!」
「立ち見をご希望の方はこちらへどうぞー! まだスペースはありますので焦らなくても大丈夫ですよー!」
協会の敷地のおよそ半分を占める円形の修練場をぐるりと囲う観覧席は、かつてないほどの野次馬で埋め尽くされていた。
「あいつらの内紛なんざ見たくねぇけど、かといって後から結果だけ聞くのも何か違ぇよなぁ……」
「私もそんな感じよ。 野次馬なんて言われても仕方ないわね」
この町を活動拠点とする竜狩人はもちろんの事。
「この町がこれほど活気であふれるのは何年ぶりかのぉ」
「少し遅れてクロマちゃんが狩人になった辺りかねぇ」
「4人がSランクパーティーになった時くらいだよ!」
「かっこいいよね、4人とも!」
狩人でも何でもない老若男女の町民。
「ユニ様ー! トリス様ー! 今日も素敵な戦い見せてー!」
「うおぉぉぉぉ! ハヤテちゃーん! クロマちゃーん!」
「そこ! もっと声張って! 今日ここで虹の橋の今後が、そして私たち虹の橋ファンクラブの今後が決まるの! どんな結果になっても私たちは永久不滅! 気合い入れていくわよ!!」
「「「応ッ!!」」」
虹の橋のファンクラブに加入している年若い会員たち(男女比2:8)。
「ユニ嬢の離脱が確定した時点で虹の橋は実質解散、市場価値も地に堕ちる。 試合途中だとしても勝敗を見極められた時点で速やかに本社へ狩人市場からの撤退要請を」
「「はっ」」
協会の広報を目にして、虹の橋の今後の価値を見極めに来た商家。
「下手にSランクなんて高すぎる地位に就いちまうから、こんな事になっちまうんだ。 くわばらくわばら」
「何事も分相応にって事よね。 肝に銘じなきゃ」
同業者の内輪揉めを見て他山の石とすべく、ドラグハートを訪れた他国の竜狩人。
「俺、他の竜狩人には標的の横取りとかされた事もあるけどよ。 虹の橋のやつらはそんな感じじゃなかったんだよな」
「解る。 私なんて、ユニちゃ、ユニさんに怪我したところを救けてもらった事まであるし」
「お互い納得する形で終わってほしいけどなぁ……」
商売敵とはいえ、Sランクパーティー解散の危機と聞いて居ても立っても居られなかった国内外の首狩人。
「……本当にバレてないよな?」
「大丈夫ですわよ兄様。 この熱狂ですもの」
「ふん。 相も変わらず騒々しいな、下賤の者どもは。 たかが竜狩人パーティーの内輪揉め1つでこのような馬鹿騒ぎを起こすとは……」
「でも兄様、私たちも好奇心に負けてますわよね?」
「……うるさい。 これも後学の為だ」
いつもは狩人を下に見ているのに、こういう時だけ野次馬根性が働いたか顔を隠して観覧に来た貴族の子息や令嬢。
……などなど、枚挙に暇がない。
ちなみに町長は来ていない。
というか、元々ここに居る。
Sランクに昇格した時点で国より騎士爵を賜ったスタッドが、協会長でありながら町長の座にも就いているからだ。
「本日に限り、トータスの全飲食店にて〝ウアジェト〟による生中継をご覧になれますー! よろしければそちらもどうぞー!」
国内のみならず他国にまで広報した以上、観客も多くはなるだろうと予想していた協会だったが、よもやここまでになるとは思っていなかったようで、ほぼ全ての野次馬が観覧席の後方で立ち見をする羽目になり、それすら難しい場合はこの3日間で町の大衆食堂や酒場などで生中継を観るしかなくなっていた。
ウアジェトとは、〝迷宮宝具〟の1つ。
この世のどこかに存在しながら、この世のどことも繋がっていないという魔訶不思議な空間、〝迷宮〟に1種ずつ出没する地上を闊歩する個体よりも遥かに強く大きな竜化生物を討ち倒し、その最奥で待つ迷宮の主、〝迷宮を護る者〟を討つ事で現れる宝箱から無作為で出てくる垂涎必至の宝物。
狩人が欲するような武器、防具、装飾品だけでなく。
単なる金銀財宝や、人々の生活を豊かにするような道具。
今までの世界ではありえなかった技術を記した書物。
極論それ1つで文明を崩壊させかねないほどの兵器。
などなど、挙げ始めればキリがない。
当然、現地の様子を映像として遠く離れた地から観る事など、この宝具が発見されるまで絶対にありえない事だった。
が、この様子を見る限りすでに大衆に馴染んでおり。
随分と前から生活の中に組み込まれていたのだろう事が解るが──……まぁ、それはそれとして。
舞台は修練場へと戻り。
「! おい、誰か出てくるぞ!」
正午のおよそ5分前、開始直前となった修練場に誰かが姿を現した事に気がついた男性の声に反応した観客が一斉にそちらへ目を向けると、そこに居たのは協会長秘書のハルシェだった。
彼女は耳に装着するタイプの拡声器──これも〝ギャラルホルン〟と呼ばれる用途を違えば世界を揺るがしかねない迷宮宝具から危険要素を取り除いた複製品である──を用いて。
「本日はお集まりいただきありがとうございます! あと5分ほどで開幕となりますので、それまで少しだけお時間をいただきたく思います! 今回、執り行われる一風変わった鏡試合について!」
修練場に集まっている観客たち、この場に居なくとも現場の様子を遠くから観ている者たちに向け、今回この場で執り行われる変則的な鏡試合についての解説をし始める。
「皆様がご存知がどうか……本来ならば鏡試合《は3対1では成立しようがないのです。 相対する狩人の職業と武装が鏡写しのように同じでなければならないのですから」
そもそも鏡試合とは、ハルシェの言う通り戦いに挑む狩人の職業と武装》を全く同じように揃え、お互いの武器や技能の使い方を見て学び、研鑽していくといった趣向の試合であり、それが叶わないならもはや鏡試合でも何でもない単なる決闘になってしまう。
それゆえ、基本的には相対する人数も同数でなければ成立し得ないのだが──……今回に限って言えば成立し得る。
「ですが! たとえ人数に差異があったとしても少人数側がとある職業に就いてさえいれば不可能ではなくなるのです! そのとある職業に就いている狩人こそが今回、離脱か残留かを決めるべくたった1人で3人の幼馴染を相手取るSランクの転職士、ユニ!!」
「「「おぉおおおおっ!!」」」
そう、1人側が『あらゆる職業と武装を自在に切り換えて戦う力』を持つ転職士ならば、そして押しも押されもせぬSランクパーティーを率いるユニならば成立し得るのだ。
それを大半の観客たちが──主にユニのファンが──理解しているらからこそ、ワッと一斉に沸き立つのを確認したハルシェは腕時計に目線を落としてから一呼吸置き。
「では、さっそくお呼びしましょう! 今回の鏡試合に挑むSランクパーティー! 虹の橋の入場です!!」
「「「うおぉおおおおっ!!」」」
「「「わあぁああああっ!!」」」
今日の主役、虹の橋に所属する4人の狩人を招き入れる。
(……3人が勝ったらユニさんは離脱。 ユニさんが勝ったら多分、自分の意思で離脱する。 って事は実質、出来レースなのよね……)
なんて、無粋な事を考えながら──。
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