自分投棄
高校を卒業し、就職した。
大学や専門学校に興味が無かった訳じゃない。
ゲームやシナリオライターそういったものに、興味があった。
できれば、そういった仕事につきたいという気持ちがあった。
でも……親に頭を下げてそんなお金を工面してもらう勇気も……
ここまで、育てた自分を、親から見える全うな道を反れて歩く勇気が無かった。
僕風情の人間が勤まる社会など限られていたけど……
僕自身もきっと平坦な道を歩めたのだと勘違いしていたんだ。
どれだけ僕の能力が不適合でも……
どれだけ僕の気持ちが置いてけぼりであったとしても……
年月が立てば、嫌でも僕というものはそこに適合して……
嫌だという感覚など麻痺して毎日を無意識に送れるものだと思った。
現実などそう甘くない。
一度手放したものは、簡単には取り戻せない。
一度手に取ったものは、責任という鎖が僕を雁字搦めにする。
手放したくて……取り戻したくて……
受け入れたくて……捨て去りたくて……
何が正しくて……自分の何を捨てなくてはならないのか……
だんだんわからなくなって……そうして僕は今日も自問自答を繰り返す。
「で……答えは見つかったのか?」
いつものように白衣の男が僕にそう尋ねる。
その答えを見つける手伝いをするのがこの人の仕事では無いのか?
そう男を睨み付けるが、男はそんな目を何一つ気にすることなく。
「それで……次に捨てるゴミは見つかったのか?」
恥じるべき人生は他にも沢山ある。
捨てるべき記憶は他にも沢山ある。
整理するべき対人関係は他にも沢山ある。
だけど……これ以上、僕は彼にそれを語る理由はあるのだろうか。
すでに答えなど出ているのではないだろうか。
注射器をもった看護婦が背後に立つ。
だけど、今日は僕の後ろではない。
「さぁ……捨てるべきゴミを提示しろっ」
白衣の男はそう言うが……
男の首筋に注射器がぐさりと突き刺された。
目が覚める。
数分後になる予定のスマートフォンのアラームを停止する。
スーツに着替え、最小限のものを詰め込んだ鞄を手にする……ことを放棄する。
それを持っていた経緯を覚えていないが、手にした白衣に身を包む。
鏡の前に立つ。
僕に問いかけていた医師の姿がそこにある。
僕はカルテと称した手帳を手に僕の住むマンションの屋上へ向かった。
強い風に白衣がなびく。
晴天とは言わないが、雲の隠れぬ太陽が眩しく僕を照らした。
捨てるべきものは他に無い。
数少ない友達ともお互い仕事で忙しく音信不通だ。
彼女にもきっぱり別れ話をされたばかりだ。
別にそれらの感傷に浸ってるわけじゃない。
僕はカルテを開くと、僕の記憶のすべてを綴ったページを全て右手でつまむと、
それらを破り、右手を天高く翳すとその紙くずを手放した。
再び吹いた強風がそれらを天高く舞い上がらせた。
一瞬の後悔がその右手で飛び去ったそれを追うが……
僕の手に届かぬ何処かに消えていった。
目を瞑る。
僕は僕という人生を振り返る。
「貴方は幸せでしたか?」
僕はそう誰かに呟いた。
手放したものは、取り戻すことは難しい。
手にしてしまったものは……責任を放棄することが難しい。
どうにもならない僕の人生……
這い上がることなどできなくて……
過ぎ去ることすら許されなくて……
逃げ出すことすらできなくて……
捨てられずにいた最後のゴミ……
僕は最後に残った最後のゴミをその屋上から投げ捨てた……。